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それから 五の四

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それから 五の四

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夏目漱石

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 代助は、誠吾の始終忙しがつてゐる様子を知つてゐる。又その忙しさの過半は、斯う云ふ会合から出来上がつてゐるといふ事実も心得てゐる。さうして、別に厭な顔もせず、一口の不平も零さず、不規則に酒を飲んだり、物を食つたり、女を相手にしたり、してゐながら、何時見ても疲れた態もなく、噪ぐ気色もなく、物外に平然として、年々肥満してくる技倆に敬服してゐる。

 誠吾が待合へ這入つたり、料理茶屋へ上つたり、晩餐に出たり、午餐に呼ばれたり、倶楽部に行つたり、新橋に人を送つたり、横浜に人を迎へたり、大磯へ御機嫌伺ひに行つたり、朝から晩迄多勢の集まる所へ顔を出して、得意にも見えなければ、失意にも思はれない様子は、斯う云ふ生活に慣れ抜いて、海月が海に漂ひながら、塩水を辛く感じ得ない様なものだらうと代助は考へてゐる。

 其所が代助には難有い。と云ふのは、誠吾は父と異つて、嘗て小六かしい説法抔を代助に向つて遣つた事がない。主義だとか、主張だとか、人生観だとか云ふ窮窟なものは、てんで、これつ許も口にしないんだから、有んだか、無いんだか、殆んど要領を得ない。其代り、此窮窟な主義だとか、主張だとか、人生観だとかいふものを積極的に打ち壊して懸つた試もない。実に平凡で好い。

 だが面白くはない。話し相手としては、兄よりも嫂の方が、代助に取つて遥かに興味がある。兄に逢ふと屹度何うだいと云ふ。以太利に地震があつたぢやないかと云ふ。土耳古の天子が廃されたぢやないかと云ふ。其外、向ふ島の花はもう駄目になつた、横浜にある外国船の船底に大蛇が飼つてあつた、誰が鉄道で轢かれた、ぢやないかと云ふ。みんな新聞に出た事許である。其代り、当らず障らずの材料はいくらでも持つて居る。いつ迄経つても種が尽きる様子が見えない。

 さうかと思ふと。時にトルストイと云ふ人は、もう死んだのかね抔と妙な事を聞く事がある。今日本の小説家では誰が一番偉いのかねと聞く事もある。要するに文芸には丸で無頓着で且つ驚ろくべく無識であるが、尊敬と軽蔑以上に立つて平気で聞くんだから、代助も返事がし易い。

 斯う云ふ兄と差し向ひで話をしてゐると、刺激の乏しい代りには、灰汁がなくつて、気楽で好い。たゞ朝から晩迄出歩いてゐるから滅多に捕まへる事が出来ない。嫂でも、誠太郎でも、縫子でも、兄が終日宅に居て、三度の食事を家族と共に欠かさず食ふと、却つて珍らしがる位である。

 だから木蔭に立つて、兄と肩を比べた時、代助は丁度好い機会だと思つた。

「兄さん、貴方に少し話があるんだが。何時か暇はありませんか」

「暇」と繰り返した誠吾は、何にも説明せずに笑つて見せた。

「明日の朝は何うです」

「明日の朝は浜迄行つて来なくつちやならない」

「午からは」

「午からは、会社の方に居る事はゐるが、少し相談があるから、来ても緩くり話しちやゐられない」

「ぢや晩なら宜からう」

「晩は帝国ホテルだ。あの西洋人夫婦を明日の晩帝国ホテルへ呼ぶ事になつてるから駄目だ」

 代助は口を尖がらかして、兄を凝と見た。さうして二人で笑ひ出した。

「そんなに急ぐなら、今日ぢや、何うだ。今日なら可い。久し振りで一所に飯でも食はうか」

 代助は賛成した。所が倶楽部へでも行くかと思ひの外、誠吾は鰻が可からうと云ひ出した。

「絹帽で鰻屋へ行くのは始てだな」と代助は逡巡した。

「何構ふものか」

 二人は園遊会を辞して、車に乗つて、金杉橋の袂にある鰻屋へ上つた。