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それから 七の五

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それから 七の五

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夏目漱石

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「代さん、あなたは不断から私を馬鹿にして御出なさる。――いゝえ、厭味を云ふんぢやない、本当の事なんですもの、仕方がない。さうでせう」

「困りますね、左様真剣に詰問されちや」

「善ござんすよ。胡魔化さないでも。ちやんと分つてるんだから。だから正直に左様だと云つて御仕舞なさい。左様でないと、後が話せないから」

 代助は黙つてにや/\笑つてゐた。

「でせう。そら御覧なさい。けれども、それが当り前よ。ちつとも構やしません。いくら私が威張つたつて、貴方に敵ひつこないのは無論ですもの。私と貴方とは今迄通りの関係で、御互ひに満足なんだから、文句はありやしません。そりや夫で好いとして、貴方は御父さんも馬鹿にして入らつしやるのね」

 代助は嫂の態度の真卒な所が気に入つた。それで、

「えゝ、少しは馬鹿にしてゐます」と答へた。すると梅子は左も愉快さうにハヽヽヽと笑つた。さうして云つた。

「兄さんも馬鹿にして入らつしやる」

「兄さんですか。兄さんは大いに尊敬してゐる」

「嘘を仰しやい。序だから、みんな打ち散けて御仕舞なさい」

「そりや、或点では馬鹿にしない事もない」

「それ御覧なさい。あなたは一家族中悉く馬鹿にして入らつしやる」

「どうも恐れ入りました」

「そんな言訳はどうでも好いんですよ。貴方から見れば、みんな馬鹿にされる資格があるんだから」

「もう、廃さうぢやありませんか。今日は中中きびしいですね」

「本当なのよ。夫で差支ないんですよ。喧嘩も何も起らないんだから。けれどもね、そんなに偉い貴方が、何故私なんぞから御金を借りる必要があるの。可笑しいぢやありませんか。いえ、揚足を取ると思ふと、腹が立つでせう。左様なんぢやありません。それ程偉い貴方でも、御金がないと、私見た様なものに頭を下げなけりやならなくなる」

「だから先きから頭を下げてゐるんです」

「まだ本気で聞いてゐらつしやらないのね」

「是が私の本気な所なんです」

「ぢや、それも貴方の偉い所かも知れない。然し誰も御金を貸し手がなくつて、今の御友達を救つて上げる事が出来なかつたら、何うなさる。いくら偉くつても駄目ぢやありませんか。無能力な事は車屋と同なしですもの」

 代助は今迄嫂が是程適切な異見を自分に向つて加へ得やうとは思はなかつた。実は金の工面を思ひ立つてから、自分でも此弱点を冥々の裡に感じてゐたのである。

「全く車屋ですね。だから姉さんに頼むんです」

「仕方がないのね、貴方は。あんまり、偉過て。一人で御金を御取んなさいな。本当の車屋なら貸して上げない事もないけれども、貴方には厭よ。だつて余りぢやありませんか。月々兄さんや御父さんの厄介になつた上に、人の分迄自分に引受けて、貸してやらうつて云ふんだから。誰も出し度はないぢやありませんか」

 梅子の云ふ所は実に尤もである。然し代助は此尤を通り越して、気が付かずにゐた。振り返つて見ると、後の方に姉と兄と父がかたまつてゐた。自分も後戻りをして、世間並にならなければならないと感じた。家を出る時、嫂から無心を断わられるだらうとは気遣つた。けれども夫が為めに、大いに働らいて、自から金を取らねばならぬといふ決心は決して起し得なかつた。代助は此事件を夫程重くは見てゐなかつたのである。