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それから 十一の二
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夏目漱石
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代助が黙然として、自己は何の為に此世の中に生れて来たかを考へるのは斯う云ふ時であつた。彼は今迄何遍も此大問題を捕へて、彼の眼前に据ゑ付けて見た。其動機は、単に哲学上の好奇心から来た事もあるし、又世間の現象が、余りに複雑な色彩を以て、彼の頭を染め付けやうと焦るから来る事もあるし、又最後には今日の如くアンニユイの結果として来る事もあるが、其都度彼は同じ結論に到着した。然し其結論は、此問題の解決ではなくつて、寧ろ其否定と異ならなかつた。彼の考によると、人間はある目的を以て、生れたものではなかつた。之と反対に、生れた人間に、始めてある目的が出来て来るのであつた。最初から客観的にある目的を拵らえて、それを人間に附着するのは、其人間の自由な活動を、既に生れる時に奪つたと同じ事になる。だから人間の目的は、生れた本人が、本人自身に作つたものでなければならない。けれども、如何な本人でも、之を随意に作る事は出来ない。自己存在の目的は、自己存在の経過が、既にこれを天下に向つて発表したと同様だからである。
此根本義から出立した代助は、自己本来の活動を、自己本来の目的としてゐた。歩きたいから歩く。すると歩くのが目的になる。考へたいから考へる。すると考へるのが目的になる。それ以外の目的を以て、歩いたり、考へたりするのは、歩行と思考の堕落になる如く、自己の活動以外に一種の目的を立てゝ、活動するのは活動の堕落になる。従つて自己全体の活動を挙げて、これを方便の具に使用するものは、自ら自己存在の目的を破壊したも同然である。
だから、代助は今日迄、自分の脳裏に願望、嗜欲が起るたび毎に、是等の願望嗜欲を遂行するのを自己の目的として存在してゐた。二個の相容れざる願望嗜欲が胸に闘ふ場合も同じ事であつた。たゞ矛盾から出る一目的の消耗と解釈してゐた。これを煎じ詰めると、彼は普通に所謂無目的な行為を目的として活動してゐたのである。さうして、他を偽らざる点に於てそれを尤も道徳的なものと心得てゐた。
此主義を出来る丈遂行する彼は、其遂行の途中で、われ知らず、自分のとうに棄却した問題に襲はれて、自分は今何の為に、こんな事をしてゐるのかと考へ出す事がある。彼が番町を散歩しながら、何故散歩しつゝあるかと疑つたのは正に是である。
其時彼は自分ながら、自分の活力の充実してゐない事に気がつく。餓えたる行動は、一気に遂行する勇気と、興味に乏しいから、自ら其行動の意義を中途で疑ふ様になる。彼はこれをアンニユイと名けてゐた。アンニユイに罹ると、彼は論理の迷乱を引き起すものと信じてゐた。彼の行為の中途に於て、何の為と云ふ、冠履顛倒の疑を起させるのは、アンニユイに外ならなかつたからである。
彼は立て切つた室の中で、一二度頭を抑えて振り動かして見た。彼は昔から今日迄の思索家の、屡繰り返した無意義な疑義を、又脳裏に拈定するに堪えなかつた。その姿のちらりと眼前に起つた時、またかと云ふ具合に、すぐ切り棄てゝ仕舞つた。同時に彼は自己の生活力の不足を劇しく感じた。従つて行為其物を目的として、円満に遂行する興味も有たなかつた。彼はたゞ一人荒野の中に立つた。茫然としてゐた。
彼は高尚な生活欲の満足を冀ふ男であつた。又ある意味に於て道義欲の満足を買はうとする男であつた。さうして、ある点へ来ると、此二つのものが火花を散らして切り結ぶ関門があると予想してゐた。それで生活欲を低い程度に留めて我慢してゐた。彼の室は普通の日本間であつた。是と云ふ程の大した装飾もなかつた。彼に云はせると、額さへ気の利いたものは掛けてなかつた。色彩として眼を惹く程に美しいのは、本棚に並べてある洋書に集められたと云ふ位であつた。彼は今此書物の中に、茫然として坐つた。良あつて、これほど寐入つた自分の意識を強烈にするには、もう少し周囲の物を何うかしなければならぬと、思ひながら、室の中をぐる/\見廻した。それから、又ぽかんとして壁を眺めた。が、最後に、自分を此薄弱な生活から救ひ得る方法は、たゞ一つあると考へた。さうして口の内で云つた。
「矢つ張り、三千代さんに逢はなくちや不可ん」