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それから 十一の九

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それから 十一の九

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夏目漱石

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 翌日代助は但馬にゐる友人から長い手紙を受取つた。此友人は学校を卒業すると、すぐ国へ帰つたぎり、今日迄ついぞ東京へ出た事のない男であつた。当人は無論山の中で暮す気はなかつたんだが、親の命令で已を得ず、故郷に封じ込められて仕舞つたのである。夫でも一年許の間は、もう一返親父を説き付けて、東京へ出る出ると云つて、うるさい程手紙を寄こしたが、此頃は漸く断念したと見えて、大した不平がましい訴もしない様になつた。家は所の旧家で、先祖から持ち伝へた山林を年々伐り出すのが、重な用事になつてゐるよしであつた。今度の手紙には、彼の日常生活の模様が委しく書いてあつた。それから、一ヶ月前町長に挙げられて、年俸を三百円頂戴する身分になつた事を、面白半分、殊更に真面目な句調で吹聴して来た。卒業してすぐ中学の教師になつても、此三倍は貰へると、自分と他の友人との比較がしてあつた。

 此友人は国へ帰つてから、約一年許りして、京都在のある財産家から嫁を貰つた。それは無論親の云ひ付であつた。すると、少時して、直子供が生れた。女房の事は貰つた時より外に何も云つて来ないが、子供の生長には興味があると見えて、時々代助の可笑くなる様な報知をした。代助はそれを読むたびに、此子供に対して、満足しつゝある友人の生活を想像した。さうして、此子供の為に、彼の細君に対する感想が、貰つた当時に比べて、どの位変化したかを疑つた。

 友人は時々鮎の乾したのや、柿の乾したのを送つてくれた。代助は其返礼に大概は新らしい西洋の文学書を遣つた。すると其返事には、それを面白く読んだ証拠になる様な批評が屹度あつた。けれども、それが長くは続かなかつた。仕舞には受取つたと云ふ礼状さへ寄こさなかつた。此方からわざ/\問ひ合せると、書物は難有く頂戴した。読んでから礼を云はうと思つて、つい遅くなつた。実はまだ読まない。白状すると、読む閑がないと云ふより、読む気がしないのである。もう一層露骨に云へば、読んでも解らなくなつたのである。といふ返事が来た。代助は夫から書物を廃めて、其代りに新らしい玩具を買つて送る事にした。

 代助は友人の手紙を封筒に入れて、自分と同じ傾向を有つてゐた此旧友が、当時とは丸で反対の思想と行動とに支配されて、生活の音色を出してゐると云ふ事実を、切に感じた。さうして、命の絃の震動から出る二人の響を審かに比較した。

 彼は理論家として、友人の結婚を肯つた。山の中に住んで、樹や谷を相手にしてゐるものは、親の取り極めた通りの妻を迎へて、安全な結果を得るのが自然の通則と心得たからである。彼は同じ論法で、あらゆる意味の結婚が、都会人士には、不幸を持ち来すものと断定した。其原因を云へば、都会は人間の展覧会に過ぎないからであつた。彼は此前提から此結論に達する為に斯う云ふ径路を辿つた。

 彼は肉体と精神に於て美の類別を認める男であつた。さうして、あらゆる美の種類に接触する機会を得るのが、都会人士の権能であると考へた。あらゆる美の種類に接触して、其たび毎に、甲から乙に気を移し、乙から丙に心を動かさぬものは、感受性に乏しい無鑑賞家であると断定した。彼は是を自家の経験に徴して争ふべからざる真理と信じた。その真理から出立して、都会的生活を送る凡ての男女は、両性間の引力に於て、悉く随縁臨機に、測りがたき変化を受けつゝあるとの結論に到着した。それを引き延ばすと、既婚の一対は、双方ともに、流俗に所謂不義の念に冒されて、過去から生じた不幸を、始終嘗めなければならない事になつた。代助は、感受性の尤も発達した、又接触点の尤も自由な、都会人士の代表者として、芸妓を撰んだ。彼等のあるものは、生涯に情夫を何人取り替えるか分らないではないか。普通の都会人は、より少なき程度に於て、みんな芸妓ではないか。代助は渝らざる愛を、今の世に口にするものを偽善家の第一位に置いた。

 此所迄考へた時、代助の頭の中に、突然三千代の姿が浮んだ。其時代助はこの論理中に、或因数を数へ込むのを忘れたのではなからうかと疑つた。けれども、其因数は何うしても発見する事が出来なかつた。すると、自分が三千代に対する情合も、此論理によつて、たゞ現在的のものに過ぎなくなつた。彼の頭は正にこれを承認した。然し彼の心は、慥かに左様だと感ずる勇気がなかつた。