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それから 十二の五

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それから 十二の五

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夏目漱石

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 兄の云ふ所によると、佐川の娘は、今度久し振に叔父に連れられて、見物旁上京したので、叔父の商用が済み次第又連れられて国へ帰るのださうである。父が其機会を利用して、相互の関係に、永遠の利害を結び付けやうと企だてたのか、又は先達ての旅行先で、此機会をも自発的に拵えて帰つて来たのか、どつちにしても代助はあまり研究の余地を認めなかつた。自分はたゞ是等の人と同じ食卓で、旨さうに午餐を味はつて見せれば、社交上の義務は其所に終るものと考へた。もしそれより以上に、何等の発展が必要になつた場合には、其時に至つて、始めて処置を付けるより外に道はないと思案した。

 代助は婆さんを呼んで着物を出さした。面倒だと思つたが、敬意を表するために、紋付の夏羽織を着た。袴は一重のがなかつたから、家へ行つて、父か兄かのを穿く事に極めた。代助は神経質な割に、子供の時からの習慣で、人中へ出るのを余り苦にしなかつた。宴会とか、招待とか、送別とかいふ機会があると、大抵は都合して出席した。だから、ある方面に知名な人の顔は大分覚えてゐた。其中には伯爵とか子爵とかいふ貴公子も交つてゐた。彼は斯んな人の仲間入をして、其仲間なりの交際に、損も得も感じなかつた。言語動作は何処へ出ても同じであつた。外部から見ると、其所が大変能く兄の誠吾に似てゐた。だから、よく知らない人は、此兄弟の性質を、全く同一型に属するものと信じてゐた。

 代助が青山に着いた時は、十一時五分前であつたが、御客はまだ来てゐなかつた。兄もまだ帰らなかつた。嫂丈がちやんと支度をして、座敷に坐つてゐた。代助の顔を見て、

「あなたも、随分乱暴ね。人を出し抜いて旅行するなんて」と、いきなり遣り込めた。梅子は場合によると、決して論理を有ち得ない女であつた。此場合にも、自分が代助を出し抜いた事には丸で気が付いてゐない挨拶の仕方であつた。それが代助には愛嬌に見えた。で、直そこへ坐り込んで梅子の服装の品評を始めた。父は奥にゐると聞いたが、わざと行かなかつた。強ひられたとき、

「今に御客さんが来たら、僕が奥へ知らせに行く。其時挨拶をすれば好からう」と云つて、矢っ張り平常の様な無駄口を叩いてゐた。けれども佐川の娘に関しては、一言も口を切らなかつた。梅子は何とかして、話を其所へ持つて行かうとした。代助には、それが明らかに見えた。だから、猶空とぼけて讐を取つた。

 其うち待ち設けた御客が来たので、代助は約束通りすぐ父の所へ知らせに行つた。父は、案のじよう、

「左様か」とすぐ立ち上がつた丈であつた。代助に小言を云ふ暇も何も無かつた。代助は座敷へ引き返して来て、袴を穿いて、それから応接間へ出た。客と主人とはそこで悉く顔を合はせた。父と高木とが第一に話を始めた。梅子は重に佐川の令嬢の相手になつた。そこへ兄が今朝の通りの服装で、のつそりと這入つて来た。

「いや、何うも遅くなりまして」と客の方に挨拶をしたが、席に就いたとき、代助を振り返つて、

「大分早かつたね」と小さな声を掛けた。

 食堂には応接室の次の間を使つた。代助は戸の開いた間から、白い卓布の角の際立つた色を認めて、午餐は洋食だと心づいた。梅子は一寸席を立つて、次の入口を覗きに行つた。それは父に、食卓の準備が出来上つた旨を知らせる為であつた。

「では何うぞ」と父は立ち上がつた。高木も会釈して立ち上がつた。佐川の令嬢も叔父に継いで立ち上がつた。代助は其時、女の腰から下の、比較的に細く長い事を発見した。食卓では、父と高木が、真中に向き合つた。高木の右に梅子が坐つて、父の左に令嬢が席を占めた。女同志が向き合つた如く、誠吾と代助も向き合つた。代助は五味台を中に、少し斜に反れた位地から令嬢の顔を眺める事になつた。代助は其頬の肉と色が、著るしく後の窓から射す光線の影響を受けて、鼻の境に暗過ぎる影を作つた様に思つた。其代り耳に接した方は、明らかに薄紅であつた。殊に小さい耳が、日の光を透してゐるかの如くデリケートに見えた。皮膚とは反対に、令嬢は黒い鳶色の大きな眼を有したゐた。此二つの対照から華やかな特長を生ずる令嬢の顔の形は、寧ろ丸い方であつた。