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それから 十二の六
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夏目漱石
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食卓は、人数が人数だけに、左程大きくはなかつた。部屋の広さに比例して、寧ろ小さ過る位であつたが、純白な卓布を、取り集めた花で綴つて、其中に肉刀と肉匙の色が冴えて輝いた。
卓上の談話は重に平凡な世間話であつた。始のうちは、それさへ余り興味が乗らない様に見えた。父は斯う云ふ場合には、よく自分の好きな書画骨董の話を持ち出すのを常としてゐた。さうして気が向けば、いくらでも、蔵から出して来て、客の前に陳べたものである。父の御蔭で、代助は多少斯道に好悪を有てる様になつてゐた。兄も同様の原因から、画家の名前位は心得てゐた。たゞし、此方は掛物の前に立つて、はあ仇英だね、はあ応挙だねと云ふ丈であつた。面白い顔もしないから、面白い様にも見えなかつた。それから真偽の鑑定の為に、虫眼鏡などを振り舞はさない所は、誠吾も代助も同じ事であつた。父の様に、こんな波は昔の人は描かないものだから、法にかなつてゐない抔といふ批評は、双方共に、未だ嘗て如何なる画に対しても加へた事はなかつた。
父は乾いた会話に色彩を添へるため、やがて好きな方面の問題に触れて見た。所が一二言で、高木はさう云ふ事に丸で無頓着な男であるといふ事が分つた。父は老巧の人だから、すぐ退却した。けれども双方に安全な領分に帰ると、双方共に談話の意味を感じなかつた。父は已を得ず、高木に何んな娯楽があるかを確めた。高木は特別に娯楽を持たない由を答へた。父は万事休すといふ体裁で、高木を誠吾と代助に托して、しばらく談話の圏外に出た。誠吾は、何の苦もなく、神戸の宿屋やら、楠公神社やら、手当り次第に話題を開拓して行つた。さうして、其中に自然令嬢の演ずべき役割を拵えた。令嬢はたゞ簡単に、必要な言葉丈を点じては逃げた。代助と高木とは、始め同志社を問題にした。それから亜米利加の大学の状況に移つた。最後にエマーソンやホーソーンの名が出た。代助は、高木に斯う云ふ種類の知識があるといふ事を確めたけれども、たゞ確めた丈で、それより以上に深入もしなかつた。従つて文学談は単に二三の人名と書名に終つて、少しも発展しなかつた。
梅子は固より初から断えず口を動かしてゐた。其努力の重なるものは、無論自分の前にゐる令嬢の遠慮と沈黙を打ち崩すにあつた。令嬢は礼義上から云つても、梅子の間断なき質問に応じない訳に行かなかつた。けれども積極的に自分から梅子の心を動かさうと力めた形迹は殆んどなかつた。たゞ物を云ふときに、少し首を横に曲げる癖があつた。それすらも代助には媚を売るとは解釈出来なかつた。
令嬢は京都で教育を受けた。音楽は、始めは琴を習つたが、後にはピヤノに易えた。イオリンも少し稽古したが、此方は手の使い方が六かしいので、まあ遣らないと同じである。芝居は滅多に行つた事がなかつた。
「先達ての歌舞伎座は如何でした」と梅子が聞いた時、令嬢は何とも答へなかつた。代助には夫が劇を解しないと云ふより、劇を軽蔑してゐる様に取れた。それだのに、梅子はつゞけて、同じ問題に就いて、甲の役者は何うだの、乙の役者は何だのと評し出した。代助は又嫂が論理を踏み外したと思つた。仕方がないから、横合から、
「芝居は御嫌ひでも、小説は御読みになるでせう」と聞いて芝居の話を已めさした。令嬢は其時始めて、一寸代助の方を見た。けれども答は案外に判然してゐた。
「いえ小説も」
令嬢の答を待ち受けてゐた、主客はみんな声を出して笑つた。高木は令嬢の為に説明の労を取つた。その云ふ所によると、令嬢の教育を受けたミス何とか云ふ婦人の影響で、令嬢はある点では殆んど清教徒の様に仕込まれてゐるのださうであつた。だから余程時代後れだと、高木は説明のあとから批評さへ付け加へた。其時は無論誰も笑はなかつた。耶蘇教に対して、あまり好意を有つてゐない父は、
「それは結構だ」と賞めた。梅子は、さう云ふ教育の価値を全く解する事が出来なかつた。にも拘はらず、
「本当にね」と趣味に適はない不得要領の言葉を使つた。誠吾は梅子の言葉が、あまり重い印象を先方に与へない様に、すぐ問題を易えた。
「ぢや英語は御上手でせう」
令嬢はいゝえと云つて、心持顔を赤くした。