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それから 二の五

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それから 二の五

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夏目漱石

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 代助は平岡が語つたより外に、まだ何かあるに違ないと鑑定した。けれども彼はもう一歩進んで飽迄其真相を研究する程の権利を有つてゐないことを自覚してゐる。又そんな好奇心を引き起すには、実際あまり都会化し過ぎてゐた。二十世紀の日本に生息する彼は、三十になるか、ならないのに既に nil admirari の域に達して仕舞つた。彼の思想は、人間の暗黒面に出逢つて喫驚する程の山出ではなかつた。彼の神経は斯様に陳腐な秘密を嗅いで嬉しがる様に退屈を感じてはゐなかつた。否、是より幾倍か快よい刺激でさへ、感受するを甘んぜざる位、一面から云へば、困憊してゐた。

 代助は平岡のそれとは殆んど縁故のない自家特有の世界の中で、もう是程に進化――進化の裏面を見ると、何時でも退化であるのは、古今を通じて悲しむべき現象だが――してゐたのである。それを平岡は全く知らない。代助をもつて、依然として旧態を改めざる三年前の初心と見てゐるらしい。かう云ふ御坊つちやんに、洗ひ浚ひ自分の弱点を打ち明けては、徒らに馬糞を投げて、御嬢さまを驚ろかせると同結果に陥いり易い。余計な事をして愛想を尽かされるよりは黙つてゐる方が安全だ。――代助には平岡の腹が斯う取れた。それで平岡が自分に返事もせずに無言で歩いて行くのが、何となく馬鹿らしく見えた。平岡が代助を小供視する程度に於て、あるひは其れ以上の程度に於て、代助は平岡を小供視し始めたのである。けれども両人が十五六間過ぎて、又話を遣り出した時は、どちらにも、そんな痕迹は更になかつた。最初に口を切つたのは代助であつた。

「それで、是から先何うする積かね」

「さあ」

「矢っ張り今迄の経験もあるんだから、同じ職業が可いかも知れないね」

「さあ。事情次第だが。実は緩くり君に相談して見様と思つてゐたんだが。何うだらう、君の兄さんの会社の方に口はあるまいか」

「うん、頼んで見様、二三日内に家へ行く用があるから。然し何うかな」

「もし、実業の方が駄目なら、どつか新聞へでも這入らうかと思ふ」

「夫も好いだらう」

 両人は又電車の通る通へ出た。平岡は向ふから来た電車の軒を見てゐたが、突然是に乗つて帰ると云ひ出した。代助はさうかと答へた儘、留めもしない、と云つて直分れもしなかつた。赤い棒の立つてゐる停留所迄歩いて来た。そこで、

「三千代さんは何うした」と聞いた。

「難有う、まあ相変らずだ。君に宜しく云つてゐた。実は今日連れて来やうと思つたんだけれども、何だか汽車に揺れたんで頭が悪いといふから宿屋へ置いて来た」

 電車が二人の前で留まつた。平岡は二三歩早足に行きかけたが、代助から注意されて已めた。彼の乗るべき車はまだ着かなかつたのである。

「子供は惜しい事をしたね」

「うん。可哀想な事をした。其節は又御叮嚀に難有う。どうせ死ぬ位なら生れない方が好かつた」

「其後は何うだい。まだ後は出来ないか」

「うん、未だにも何にも、もう駄目だらう。身体があんまり好くないものだからね」

「こんなに動く時は小供のない方が却つて便利で可いかも知れない」

「夫もさうさ。一層君の様に一人身なら、猶の事、気楽で可いかも知れない」

「一人身になるさ」

「冗談云つてら――夫よりか、妻が頻りに、君はもう奥さんを持つたらうか、未だだらうかつて気にしてゐたぜ」

 所へ電車が来た。