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三四郎 十一の六
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夏目金之助
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湯から上つて、二人が、板の間に据ゑてある器械の上に乗つて、身長を測つて見た。広田先生は五尺六寸ある。三四郎は四寸五分しかない。
「まだ延びるかも知れない」と広田先生が三四郎に云つた。
「もう駄目です。三年来この通です」と三四郎が答へた。
「左うかな」と先生が云つた。自分を余っ程小供の様に考へてゐるのだと三四郎は思つた。家へ帰つた時、先生が、用が無ければ話して行つても構はないと、書斎の戸を開けて、自分が先へ這入つた。三四郎は兎に角、例の用事を片付ける義務があるから、続いて這入つた。
「佐々木は、まだ帰らない様ですな」
「今日は遅くなるとか云つて断わつてゐた。此間から演芸会の事で大分奔走してゐる様だが、世話好きなんだか、馳け回る事が好きなんだか、一向要領を得ない男だ」
「親切なんですよ」
「目的丈は親切な所も少しあるんだが、何しろ、頭の出来が甚だ不親切だものだから、碌な事は仕出かさない。一寸見ると、要領を得てゐる。寧ろ得過ぎてゐる。けれども終局へ行くと、何の為に要領を得て来たのだか、丸で滅茶苦茶になつて仕舞ふ。いくら云つても直さないから放て置く。あれは悪戯をしに世の中へ生れて来た男だね」
三四郎は何とか弁護の道がありさうなものだと思つたが、現に結果の悪い実例があるんだから、仕様がない。話を転じた。
「あの新聞の記事を御覧でしたか」
「えゝ、見た」
「新聞に出る迄は些とも御存じなかつたのですか」
「いゝえ」
「御驚ろきなすつたでせう」
「驚ろくつて――夫は全く驚ろかない事もない。けれども世の中の事はみんな、彼んなものだと思つてるから、若い人程正直に驚ろきはしない」
「御迷惑でせう」
「迷惑でない事もない。けれども僕位世の中に住み古るした年配の人間なら、あの記事を見て、すぐ事実だと思ひ込む人許もないから、矢っ張若い人程正直に迷惑とは感じない。与次郎は社員に知つたものがあるから、其男に頼んで真相を書いて貰ふの、あの投書の出所を探して制裁を加へるの、自分の雑誌で充分反駁を致しますのと、善後策の了見で下らない事を色々云ふが、そんな手数をするならば、始めから余計な事を起さない方が、いくら好いか分りやしない」
「全く先生の為を思つたからです。悪気ぢやないです」
「悪気で遣られて堪るものか。第一僕の為めに運動をするものがさ、僕の意向も聞かないで、勝手な方法を講じたり、勝手な方針を立てた日には、最初から僕の存在を愚弄してゐると同じ事ぢやないか。存在を無視されてゐる方が、どの位体面を保つに都合が好いか知れやしない」
三四郎は仕方なしに黙つてゐた。
「さうして、偉大なる暗闇なんて愚にも付かないものを書いて。――新聞には君が書いたとしてあるが、実際は佐々木が書いたんだつてね」
「左うです」
「昨夜佐々木が自白した。君こそ迷惑だらう。あんな馬鹿な文章は佐々木より外に書くものはありやしない。僕も読んで見た。実質もなければ、品位もない、丸で救世軍の太鼓の様なものだ。読者の悪感情を引き起す為めに、書いてるとしか思はれやしない。徹頭徹尾故意だけで成り立つてゐる。常識のあるものが見れば、何うしても為にする所があつて起稿したものだと判定がつく。あれぢや僕が門下生に書ゝしたと云はれる筈だ。あれを読んだ時には、成程新聞の記事は尤もだと思つた」