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三四郎 十二の五

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三四郎 十二の五

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夏目金之助

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「馬鹿だなあ、あんな女を思つて。思つたつて仕方がないよ。第一、君と同年位ぢやないか。同年位の男に惚れるのは昔の事だ。八百屋御七時代の恋だ」

 三四郎は黙つてゐた。けれども与次郎の意味は能く分らなかつた。

「何故と云ふに。廿前後の同じ年の男女を二人並べて見ろ。女の方が万事上手だあね。男は馬鹿にされる許だ。女だつて、自分の軽蔑する男の所へ嫁に行く気は出ないやね。尤も自分が世界で一番偉いと思つてる女は例外だ。軽蔑する所へ行かなければ独身で暮すより外に方法はないんだから。よく金持の娘や何かにそんなのがあるぢやないか、望んで嫁に来て置きながら、亭主を軽蔑してゐるのが。美禰子さんは夫よりずつと偉い。其代り、夫として尊敬の出来ない人の所へは始から行く気はないんだから、相手になるものは其気で居なくつちや不可ない。さう云ふ点で君だの僕だのは、あの女の夫になる資格はないんだよ」

 三四郎はとう/\与次郎と一所にされて仕舞つた。然し依然として黙つてゐた。

「そりや君だつて、僕だつて、あの女より遥かに偉いさ。御互に是でも、なあ。けれども、もう五六年経たなくつちや、其偉さ加減が彼の女の眼に映つて来ない。しかして、かの女は五六年凝としてゐる気遣はない。従つて、君があの女と結婚する事は風馬牛だ」

 与次郎は風馬牛と云ふ熟字を妙な所へ使つた。さうして一人で笑つてゐる。

「なに、もう五六年もすると、あれより、ずつと上等なのが、あらはれて来るよ。日本ぢや今女の方が余つてゐるんだから。風邪なんか引いて熱を出したつて始まらない。――なに世の中は広いから、心配するがものはない。実は僕にも色々あるんだが。僕の方であんまり煩いから、御用で長崎へ出張すると云つてね」

「何だ、それは」

「何だつて、僕の関係した女さ」

 三四郎は驚ろいた。

「なに、女だつて、君なんぞの曾て近寄つた事のない種類の女だよ。それをね、長崎へ黴菌の試験に出張するから当分駄目だつて断わつちまつた。所が其女が林檎を持つて停車場まで送りに行くと云ひ出したんで、僕は弱つたね」

 三四郎は益驚いた。驚ろきながら聞いた。

「それで、何うした」

「何うしたか知らない。林檎を持つて、停車場に待つてゐたんだらう」

「苛い男だ。よく、そんな悪い事が出来るね」

「悪い事で、可哀想な事だとは知つてるけれども、仕方がない。始から次第に、そこ迄運命に持つて行かれるんだから。実はとうの前から僕が医科の学生になつてゐたんだからなあ」

「なんで、そんな余計な嘘を吐くんだ」

「そりや、又それ/″\事情のある事なのさ。それで、女が病気の時に、診断を頼まれて困つた事もある」

 三四郎は可笑しくなつた。

「其時は舌を見て、胸を叩いて、好い加減に胡魔化したが、其次に病院へ行つて、見て貰ひたいが好いかと聞かれたには閉口した」

 三四郎はとう/\笑ひ出した。与次郎は、

「さう云ふ事も沢山あるから、まあ安心するが好からう」と云つた。何の事だか分らない。然し愉快になつた。

 与次郎は其時始めて、美禰子に関する不思議を説明した。与次郎の云ふ所によると、よし子にも結婚の話がある。それから美禰子にもある。それ丈ならば好いが、よし子の行く所と、美禰子の行く所が、同じ人らしい。だから不思議なのださうだ。

 三四郎も少し馬鹿にされた様な気がした。然しよし子の結婚丈は慥かである。現に自分が其話を傍で聞いてゐた。ことによると其話を美禰子のと取り違へたのかも知れない。けれども美禰子の結婚も、全く嘘ではないらしい。三四郎は判然した所が知りたくなつた。序だから、与次郎に教へて呉れと、頼んだ。与次郎は訳なく承知した。よし子を見舞に来る様にしてやるから、直に聞いて見ろといふ。旨い事を考へた。

「だから、薬を飲んで、待つて居なくつては不可ない」

「病気が癒つても、寐て待つてゐる」

 二人は笑つて別れた。帰りがけに与次郎が、近所の医者に来て貰ふ手続をした。