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三四郎 二の六
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夏目金之助
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二人はベルツの銅像の前から枳殻寺の横を電車の通りへ出た。銅像の前で、此銅像はどうですかと聞かれて三四郎は又弱つた。表は大変賑やかである。電車がしきりなしに通る。
「君電車は煩さくはないですか」と又聞かれた。三四郎は煩さいより凄まじい位である。然したゞ「えゝ」と答へて置いた。すると野々宮君は「僕もうるさい」と云つた。然し一向煩さい様にも見えなかつた。
「僕は車掌に教はらないと、一人で乗換が自由に出来ない。此二三年来無暗に殖えたのでね。便利になつて却つて困る。僕の学問と同じ事だ」と云つて笑つた。
学期の始まり際なので新らしい高等学校の帽子を被つた生徒が大分通る。野々宮君は愉快さうに、此連中を見てゐる。
「大分新らしいのが来ましたね」と云ふ。「若い人は活気があつて好い。時に君は幾何ですか」と聞いた。三四郎は宿帳へ書いた通りを答へた。すると、
「それぢや僕より七つ許り若い。七年もあると、人間は大抵の事が出来る。然し月日は立ち易いものでね。七年位直ですよ」と云ふ。どつちが本当なんだか、三四郎には解らなかつた。
四っ角近くへ来ると左右に本屋と雑誌屋が沢山ある。そのうちの二三軒には人が黒山の様にたかつてゐる。さうして雑誌を読んでゐる。さうして買はずに行つて仕舞ふ。野々宮君は、
「みんな狡猾いなあ」と云つて笑つてゐる。尤も当人も一寸太陽を開けて見た。
四っ角へ出ると、左手の此方側に西洋小間物屋があつて、向側に日本小間物屋がある。其間を電車がぐるつと曲つて、非常な勢で通る。ベルがちん/\ちん/\云ふ。渡りにくい程雑沓する。野々宮君は、向ふの小間物屋を指して、
「あすこで一寸買物をしますからね」と云つて、ちりん/\と鳴る間を馳け抜けた。三四郎も食つ付いて、向ふへ渡つた。野々宮君は早速店へ這入つた。表に待つてゐた三四郎が、気が付いて見ると、店先の硝子張の棚に櫛だの花簪だのが列べてある。三四郎は妙に思つた。野々宮君が何を買つてゐるのかしらと、不審を起して、店の中へ這入つて見ると、蝉の羽根の様なリボンをぶら下げて、
「どうですか」と聞かれた。三四郎は此時自分も何か買つて、鮎の御礼に三輪田の御光さんに送つてやらうかと思つた。けれども御光さんが、それを貰つて、鮎の御礼と思はずに、屹度何だかんだと手前勝手の理窟を附けるに違ないと考へたから已めにした。
それから真砂町で野々宮君に西洋料理の御馳走になつた。野々宮君の話では本郷で一番旨い家ださうだ。けれども三四郎にはたゞ西洋料理の味がする丈であつた。然し食べる事はみんな食べた。
西洋料理屋の前で野々宮君に別れて、追分に帰る所を丁寧にもとの四っ角迄出て、左りへ折れた。下駄を買はうと思つて、下駄屋を覗き込んだら、白熱瓦斯の下に、真白に塗り立てた娘が、石膏の化物の様に坐つてゐたので、急に厭になつて已めた。それからうちへ帰る間、大学の池の縁で逢つた女の、顔の色ばかり考へてゐた。――其色は薄く餅を焦がした様な狐色であつた。さうして肌理が非常に細かであつた。三四郎は、女の色は、どうしてもあれでなくつては駄目だと断定した。