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三四郎 三の六

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三四郎 三の六

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夏目金之助

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 其日は葡萄酒の景気と、一種の精神作用とで例になく面白い勉強が出来たので、三四郎は大いに嬉しく思つた。二時間程読書三昧に入つた後、漸く気が付いて、そろ/\帰る支度をしながら、一所に借りた書物のうち、まだ開けて見なかつた、最後の一冊を何気なく引つぺがして見ると、本の見返しの空いた所に、乱暴にも、鉛筆で一杯何か書いてある。

「ヘーゲルの伯林大学に哲学を講じたる時、ヘーゲルに毫も哲学を売るの意なし。彼の講義は真を説くの講義にあらず、真を体せる人の講義なり。舌の講義にあらず、心の講義なり。真と人と合して醇化一致せる時、其説く所、云ふ所は、講義の為めの講義にあらずして、道の為めの講義となる。哲学の講義は茲に至つて始めて聞くべし。徒らに真を舌頭に転ずるものは、死したる墨を以て、死したる紙の上に、空しき筆記を残すに過ぎず。何の意義かこれあらん。……余今試験の為め、即ち麺麭の為めに、恨を呑み涙を呑んで此書を読む。岑々たる頭を抑へて未来永劫に試験制度を呪咀する事を記憶せよ」

 とある。署名は無論ない。三四郎は覚えず微笑した。けれども何所か啓発された様な気がした。哲学ばかりぢやない、文学も此通りだらうと考へながら、頁をはぐると、まだある。「ヘーゲルの……」余程ヘーゲルの好きな男と見える。

「ヘーゲルの講義を聞かんとして、四方より伯林に集まれる学生は、此講義を衣食の資に利用せんとの野心を以て集まれるにあらず。唯哲人ヘーゲルなるものありて、講壇の上に、無上普遍の真を伝ふると聞いて、向上求道の念に切なるがため、壇下に、わが不穏底の疑義を解釈せんと欲したる清浄心の発現に外ならず。此故に彼等はヘーゲルを聞いて、彼等の未来を決定し得たり。自己の運命を改造し得たり。のつぺらぽうに講義を聴いて、のつぺらぽうに卒業し去る公等日本の大学生と同じ事と思ふは、天下の己惚なり。公等はタイプ、ライターに過ぎず。しかも慾張つたるタイプ、ライターなり。公等のなす所、思ふ所、云ふ所、遂に切実なる社会の活気運に関せず。死に至る迄のつぺらぽうなるかな。死に至る迄のつぺらぽうなるかな」

 と、のつぺらぽうを二遍繰返してゐる。三四郎は黙然として考へ込んでゐた。すると、後から一寸肩を叩いたものがある。例の与次郎であつた。与次郎を図書館で見掛けるのは珍らしい。彼は講義は駄目だが、図書館は大切だと主張する男である。けれども主張通りに這入る事も少ない男である。

「おい、野々宮宗八さんが、君を探してゐた」と云ふ。与次郎が野々宮君を知らうとは思ひがけなかつたから、念の為め理科大学の野々宮さんかと聞き直すと、うんと云ふ答を得た。早速本を置いて入口の新聞を閲覧する所迄出て行つたが、野々宮君が居ない。玄関迄出て見たが矢っ張り居ない。石階を下りて、首を延ばして其辺を見廻したが影も形も見えない。已を得ず引き返した。元の席へ来て見ると、与次郎が、例のヘーゲル論を指して、小さな声で、

「大分振つてる。昔しの卒業生に違ない。昔の奴は乱暴だが、どこか面白い所がある。実際此通りだ」とにや/\してゐる。大分気に入つたらしい。三四郎は

「野々宮さんは居らんぜ」と云ふ。

「先刻入口に居たがな」

「何か用がある様だつたか」

「ある様でもあつた」

 二人は一所に図書館を出た。其時与次郎が話した。――野々宮君は自分の寄寓してゐる広田先生の、元の弟子でよく来る。大変な学問好きで、研究も大分ある。其道の人なら、西洋人でもみんな野々宮君の名を知つてゐる。

 三四郎は又、野々宮君の先生で、昔し正門内で馬に苦しめられた人の話を思ひ出して、或はそれが広田先生ではなからうかと考へ出した。与次郎に其事を話すと、与次郎は、ことによると、家の先生だ、そんな事を遣りかねない人だと云つて笑つてゐた。