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三四郎 三の七

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三四郎 三の七

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夏目金之助

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 其翌日は丁度日曜なので、学校では野々宮君に逢ふ訳に行かない。然し昨日自分を探してゐた事が気掛になる。幸ひまだ新宅を訪問した事がないから、此方から行つて用事を聞いて来様と云ふ気になつた。

 思ひ立つたのは朝であつたが、新聞を読んで愚図々々してゐるうちに午になる。午飯を食べたから、出掛様とすると、久し振に熊本出の友人が来る。漸くそれを帰したのは彼是四時過ぎである。ちと遅くなつたが、予定の通り出た。

 野々宮の家は頗る遠い。四五日前大久保へ越した。然し電車を利用すれば、すぐに行かれる。何でも停車場の近辺と聞いてゐるから、探すに不便はない。実を云ふと三四郎はかの平野家行以来飛んだ失敗をしてゐる。神田の高等商業学校へ行く積りで、本郷四丁目から乗つた所が、乗り越して九段迄来て、序でに飯田橋迄持つて行かれて、其所で漸く外濠線へ乗り換へて、御茶の水から、神田橋へ出て、まだ悟らずに鎌倉河岸を数寄屋橋の方へ向いて急いで行つた事がある。それより以来電車は兎角物騒な感じがしてならないのだが、甲武線は一筋だと、かねて聞いてゐるから安心して乗つた。

 大久保の停車場を下りて、仲百人の通りを戸山学校の方へ行かずに、踏切りからすぐ横へ折れると、ほとんど三尺許りの細い路になる。それを爪先上りにだら/\と上ると、疎な孟宗藪がある。其藪の手前と先に一軒づゝ人が住んでゐる。野々宮の家は其手前の分であつた。小さな門が路の向に丸で関係のない様な位置に筋違に立つてゐた。這入ると、家が又見当違の所にあつた。門も入口も全く後から付けたものらしい。

 台所の傍に立派な生垣があつて、庭の方には却つて仕切りも何にもない。只大きな萩が人の脊より高く延びて、座敷の縁側を少し隠してゐる許である。野々宮君は此縁側に椅子を持ち出して、それへ腰を掛けて西洋の雑誌を読んでゐた。三四郎の這入つて来たのを見て、

「此方へ」と云つた。丸で理科大学の穴倉の中と同じ挨拶である。庭から這入るべきのか、玄関から廻るべきのか、三四郎は少しく躇してゐた。すると又

「此方へ」と催促するので、思ひ切つて庭から上る事にした。座敷は即ち書斎で、広さは八畳で、割合に西洋の書物が沢山ある。野々宮君は椅子を離れて坐つた。三四郎は、閑静な所だとか、割合に御茶の水迄早く出られるとか、望遠鏡の試験はどうなりましたとか、――締りのない当座の話をやつたあと、

「昨日私を探して御出だつたさうですが、何か御用ですか」と聞いた。すると野々宮君は、少し気の毒さうな顔をして、

「何実は何でもないですよ」と云つた。三四郎はたゞ「はあ」と云つた。

「それでわざ/\来て呉れたんですか」

「なに、さう云ふ訳でもありません」

「実は御国の御母さんがね、悴が色々御世話になるからと云つて、結構なものを送つて下さつたから、一寸あなたにも御礼を云はうと思つて……」

「はあ、さうですか。何か送つて来ましたか」

「えゝ赤い魚の粕漬なんですがね」

「ぢやひめいちでせう」

 三四郎は詰らんものを送つたものだと思つた。しかし野々宮君はかのひめいちに就いて色々な事を質問した。三四郎は特に食ふ時の心得を説明した。粕共焼いて、いざ皿へ写すと云ふ時に、粕を取らないと味が抜けると云つて教へてやつた。

 二人がひめいちに就て問答をしてゐるうちに、日が暮れた。三四郎はもう帰らうと思つて挨拶をしかける所へ、どこからか電報が来た。野々宮君は封を切つて、電報を読んだが、口のうちで、「困つたな」と云つた。