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三四郎 三の八

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三四郎 三の八

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夏目金之助

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 三四郎は澄してゐる訳にも行かず、と云つて無暗に立入つた事を聞く気にもならなかつたので、たゞ、

「何か出来ましたか」と棒の様に聞いた。すると野々宮君は、

「なに大した事でもないのです」と云つて、手に持つた電報を、三四郎に見せて呉れた。すぐ来てくれとある。

「何所かへ御出になるのですか」

「えゝ、妹が此間から病気をして、大学の病院に這入つてゐるんですが、其奴がすぐ来てくれと云ふんです」と一向騒ぐ気色もない。三四郎の方は却つて驚ろいた。野々宮君の妹と、妹の病気と、大学の病院を一所に纏めて、それに池の周囲で逢つた女を加へて、それを一どきに掻き廻して、驚ろいてゐる。

「ぢや余程御悪いんですな」

「なに左様ぢやないんでせう。実は母が看病に行つてるんですが、――もし病気の為なら、電車へ乗つて馳けて来た方が早い訳ですからね。――なに妹の悪戯でせう。馬鹿だから、よくこんな真似をします。此所へ越してからまだ一遍も行かないものだから、今日の日曜には来ると思つて待つてゞもゐたのでせう、それで」と云つて首を横に曲げて考へた。

「然し御出になつた方が可いでせう。もし悪いと不可ません」

「左様。四五日行かないうちにさう急に変る訳もなささうですが、まあ行つて見るか」

「御出になるに若くはないでせう」

 野々宮は行く事にした。行くと極めたに就ては、三四郎に依頼があると云ひ出した。万一病気の為めの電報とすると、今夜は帰れない。すると留守が下女一人になる。下女が非常に臆病で、近所が殊の外物騒である。来合せたのが丁度幸だから、明日の課業に差支がなければ泊つて呉れまいか、尤も只の電報ならば直帰つてくる。前から分つてゐれば、例の佐々木でも頼む筈だつたが、今からではとても間に合はない。たつた一晩の事ではあるし、病院へ泊るか、泊らないか、まだ分らない先から、関係もない人に、迷惑を掛けるのは我儘過ぎて、強ひてとは云ひかねるが、――無論野々宮はかう流暢には頼まなかつたが、相手の三四郎が、さう流暢に頼まれる必要のない男だから、すぐ承知して仕舞つた。

 下女が御飯はと云ふのを、「食はない」と云つた儘、三四郎に「失敬だが、君一人で、後で食つて下さい」と夕食迄置き去りにして、出て行つた。行つたと思つたら暗い萩の間から大きな声を出して、

「僕の書斎にある本は何でも読んで可いです。別に面白いものもないが、何か御覧なさい。小説も少しはある」

 と云つた儘消えてなくなつた。縁側迄見送つて三四郎が礼を述べた時は、三坪程な孟宗藪の竹が、疎な丈に一本宛まだ見えた。

 間もなく三四郎は八畳敷の書斎の真中で小さい膳を控へて、晩食を食つた。膳の上を見ると、主人の言葉に違はず、かのひめいちが附いてゐる。久し振で故郷の香を嗅いだ様で嬉しかつたが、飯は其割に旨くなかつた。御給仕に出た下女の顔を見ると、是も主人の言つた通り、臆病に出来た眼鼻であつた。