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三四郎 四の二

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三四郎 四の二

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夏目金之助

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 ある日の午後三四郎は例の如くぶら付いて、団子坂の上から、左へ折れて千駄木林町の広い通りへ出た。秋晴と云つて、此頃は東京の空も田舎の様に深く見える。かう云ふ空の下に生きてゐると思ふ丈でも頭は明確する。其上野へ出れば申し分はない。気が暢び/\して魂が大空程の大きさになる。それで居て身体惣体が緊つて来る。だらしのない春の長閑さとは違ふ。三四郎は左右の生垣を眺めながら、生れて始めての東京の秋を嗅ぎつゝ遣つて来た。

 坂下では菊人形が二三日前開業したばかりである。坂を曲る時は幟さへ見えた。今はたゞ声丈聞える。どんちやん/\遠くから囃してゐる。其囃の音が、下の方から次第に浮き上がつて来て、澄み切つた秋の空気のなかへ広がり尽すと、遂には極めて稀薄な波になる。其又余波が三四郎の鼓膜の傍迄来て自然に留る。騒がしいといふよりは却つて好い心持である。

 時に突然左りの横町から二人あらはれた。その一人が三四郎を見て、「おい」と云ふ。

 与次郎の声は今日に限つて、几帳面である。其代り連がある。三四郎は其連を見たとき、果して日頃の推察通り、青木堂で茶を飲んでゐた人が、広田さんであると云ふ事を悟つた。此人とは水蜜桃以来妙な関係がある。ことに青木堂で茶を飲んで烟草を呑んで、自分を図書館に走らしてよりこのかた、一層よく記憶に染みてゐる。いつ見ても神主の様な顔に西洋人の鼻を付けてゐる。今日も此間の夏服で、別段寒さうな様子もない。

 三四郎は何とか云つて、挨拶をしやうと思つたが、あまり時間が経つてゐるので、どう口を利いていゝか分らない。たゞ帽子を取つて礼をした。与次郎に対しては、あまり丁寧過ぎる。広田に対しては、少し簡略すぎる。三四郎は何方付かずの中間に出た。すると与次郎が、すぐ、

「此男は私の同級生です。熊本の高等学校から始めて東京へ出て来た――」と聴かれもしない先から田舎ものを吹聴して置いて、それから三四郎の方を向いて、

「是が広田先生。高等学校の……」と訳もなく双方を紹介して仕舞つた。

 此時広田先生は「知つてる、/\」と二返繰り返して云つたので、与次郎は妙な顔をしてゐる。然し、何故知つてるんですか抔と面倒な事は聞かなかつた。たゞちに、

「君、此辺に貸家はないか。広くて、奇麗な、書生部屋のある」と尋ねだした。

「貸家はと……ある」

「どの辺だ。汚なくつちや不可ないぜ」

「いや奇麗なのがある。大きな石の門が立つてゐるのがある」

「そりや旨い。どこだ。先生、石の門は可いですな。是非それに仕様ぢやありませんか」と与次郎は大いに進んでゐる。

「石の門は不可ん」と先生が云ふ。

「不可ん? そりや困る。何故不可です」

「何故でも不可ん」

「石の門は可いがな。新らしい男爵の様で可いぢやないですか、先生」

 与次郎は真面目である。広田先生はにや/\笑つてゐる。とう/\真面目の方が勝つて、兎も角も見る事に相談が出来て、三四郎が案内をした。