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三四郎 六の六
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夏目金之助
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与次郎の用事といふのは斯うである。――今夜の会で自分達の科の不振の事をしきりに慨嘆するから、三四郎も一所に慨嘆しなくつては不可ないんださうだ。不振は事実であるから外のものも慨嘆するに極つてゐる。それから、大勢一所に挽回策を講ずる事となる。何しろ適当な日本人を一人大学へ入れるのが急務だと云ひ出す。みんなが賛成する。当然だから賛成するのは無論だ。次に誰が好からうといふ相談に移る。其時広田先生の名を持ち出す。其時三四郎は与次郎に口を添えて極力先生を賞賛しろと云ふ話である。さうしないと、与次郎が広田の食客だといふ事を知つてゐるものが疑を起さないとも限らない。自分は現に食客なんだから、どう思はれても構はないが、万一煩ひが広田先生に及ぶ様では済まん事になる。尤も外に同志が三四人はゐるから、大丈夫だが、一人でも味方は多い方が便利だから、三四郎も成るべく舌るに若くはないとの意見である。偖愈衆議一決の暁には、総代を撰んで学長の所へ行く、又総長の所へ行く。尤も今夜中に其所迄は運ばないかも知れない。又運ぶ必要もない。其辺は臨機応変である。……
与次郎は頗る能弁である。惜しい事に其能弁がつる/\してゐるので重みがない。ある所へ行くと冗談を真面目に講釈してゐるかと疑はれる。けれども本来が性質の好い運動だから、三四郎も大体の上に於て賛成の意を表した。たゞ其方法が少しく細工に落ちて面白くないと云つた。其時与次郎は往来の真中へ立ち留つた。二人は丁度森川町の神社の鳥居の前にゐる。
「細工に落ちると云ふが、僕のやる事は、自然の手順が狂はない様にあらかじめ人力で装置をする丈だ。自然に背いた没分暁の事を企てるのとは質が違ふ。細工だつて構はん。細工が悪いのではない。悪い細工が悪いのだ」
三四郎はぐうの音も出なかつた。何だか文句がある様だけれども、口へ出て来ない。与次郎の言草のうちで、自分がいまだ考へてゐなかつた部分丈が判然頭へ映つてゐる。三四郎は寧ろ其方に感服した。
「それもさうだ」と頗る曖昧な返事をして、又肩を並べて歩き出した。正門を這入ると、急に眼の前が広くなる。大きな建物が所々に黒く立つてゐる。其屋根が判然尽きる所から明かな空になる。星が夥しく多い。
「うつくしい空だ」と三四郎が云つた。与次郎も空を見ながら、一間許歩いた。突然、
「おい、君」と三四郎を呼んだ。三四郎は又さつきの話しの続きかと思つて、「なんだ」と答へた。
「君、かう云ふ空を見て何んな感じを起す」
与次郎に似合はぬ事を云つた。無限とか永久とかいふ持ち合せの答へはいくらでもあるが、そんな事を云ふと与次郎に笑はれると思つて、三四郎は黙つてゐた。
「詰らんなあ我々は。あしたから、斯んな運動をするのはもう已めにしやうか知ら。偉大なる暗闇を書いても何の役にも立ちさうにもない」
「何故急にそんな事を云ひ出したのか」
「此空を見ると、さう云ふ考になる。――君、女に惚れた事があるか」
三四郎は即答が出来なかつた。
「女は恐ろしいものだよ」と与次郎が云つた。
「恐ろしいものだ、僕も知つてゐる」と三四郎も云つた。すると与次郎が大きな声で笑ひ出した。静かな夜の中で大変高く聞える。
「知りもしない癖に。知りもしない癖に」
三四郎は憮然としてゐた。
「明日も好い天気だ。運動会は仕合せだ。奇麗な女が沢山来る。是非見にくるがいゝ」
暗い中を二人は学生集会所の前迄来た。中には電燈が輝やいてゐる。