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三四郎 六の八

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三四郎 六の八

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夏目金之助

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 やがてが出る。一人が椅子を離れて立つた。与次郎が烈しく手を敲くと、他のものも忽ち調子を合せた。

 立つたものは、新らしい黒の制服を着て、鼻の下にもう髭を生やしてゐる。脊が頗る高い。立つには恰好の好い男である。演説めいた事を始めた。

 我々が今夜此所へ寄つて、懇親の為めに、一夕の歓をつくすのは、それ自身に於て愉快な事であるが、此懇親が単に社交上の意味ばかりでなく、それ以外に一種重要な影響を生じ得ると偶然ながら気が付いたら自分は立ちたくなつた。此会合は麦酒に始つてに終つてゐる。全く普通の会合である。然し此麦酒を飲んでを飲んだ四十人近くの人間は普通の人間ではない。しかも其麦酒を飲み始めてからを飲み終る迄の間に既に自己の運命の膨脹を自覚し得た。

 政治の自由を説いたのは昔の事である。言論の自由を説いたのも過去の事である。自由とは単に是等の表面にあらはれ易い事実の為めに専有されべき言葉ではない。吾等新時代の青年は偉大なる心の自由を説かねばならぬ時運に際会したと信ずる。

 吾々は旧き日本の圧迫に堪へ得ぬ青年である。同時に新らしき西洋の圧迫にも堪へ得ぬ青年であるといふ事を、世間に発表せねば居られぬ状況の下に生きて居る。新らしき西洋の圧迫は社会の上に於ても文芸の上に於ても、我等新時代の青年に取つては旧き日本の圧迫と同じく、苦痛である。

 我々は西洋の文芸を研究するものである。然し研究は何所迄も研究である。その文芸のもとに屈従するのとは根本的に相違がある。我々は西洋の文芸に囚はれんが為に、これを研究するのではない。囚はれたる心を解脱せしめんが為に、これを研究してゐるのである。此方便に合せざる文芸は如何なる威圧の下に強ひらるゝとも学ぶ事を敢てせざるの自信と決心とを有して居る。

 我々は此自信と決心とを有するの点に於て普通の人間とは異つてゐる。文芸は技術でもない、事務でもない。より多く人生の根本義に触れた社会の原動力である。我々は此意味に於て文芸を研究し、此意味に於て如上の自信と決心とを有し、此意味に於て今夕の会合に一般以上の重大なる影響を想見するのである。

 社会は烈しく揺きつゝある。社会の産物たる文芸もまた揺きつゝある。揺く勢に乗じて、我々の理想通りに文芸を導くためには、零砕なる個人を団結して、自己の運命を充実し発展し膨脹しなくてはならぬ。今夕の麦酒とは、かゝる隠れたる目的を、一歩前に進めた点に於て、普通の麦酒とよりも百倍以上の価ある貴とき麦酒とである。

 演説の意味はざつと斯んなものである。演説が済んだ時、席に在つた学生は悉く喝采した。三四郎は尤も熱心なる喝采者の一人であつた。すると与次郎が突然立つた。

「ダーターフアブラ、沙翁の使つた字数が何万字だの、イブセンの白髪の数が何千本だのと云つてたつて仕方がない。尤もそんな馬鹿げた講義を聞いたつて囚はれる気遣はないから大丈夫だが、大学に気の毒で不可ない。どうしても新時代の青年を満足させる様な人間を引張つて来なくつちや。西洋人ぢや駄目だ。第一幅が利かない。……」

 満堂は又悉く喝采した。さうして悉く笑つた。与次郎の隣りにゐたものが、

「ダーターフアブラの為に祝盃を挙げやう」と云ひ出した。さつき演説をした学生がすぐに賛成した。生憎麦酒がみな空である。よろしいと云つて与次郎はすぐ台所の方へ馳けて行つた。給仕が酒を持つて出る。祝盃を挙げるや否や、

「もう一つ。今度は偉大なる暗闇の為に」と云つたものがある。与次郎の周囲にゐたものは声を合して、アハヽヽヽと笑つた。与次郎は頭を掻いてゐる。

 散会の時刻が来て、若い男がみな暗い夜の中に散つた時に、三四郎が与次郎に聞いた。

「ダーターフアブラとは何の事だ」

「希臘語だ」

 与次郎はそれより外に答へなかつた。三四郎も夫より外に聞かなかつた。二人は美しい空を戴いて家に帰つた。