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手紙 第六章

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手紙 第六章

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夏目漱石

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 あくる朝顔を洗ってへやへ帰ると、棚の上の鏡台が麗々と障子の前にすえ直してある。自分は何気なくその前にすわるとともに鏡の下の櫛を取り上げた。そしてその櫛をふくつもりかなにかで、鏡台のひきだしを力任せにあけてみた。すると浅い桐の底に、奥の方で、なにかひっかかるような手ごたえがしたのが、たちまち軽くなって、するすると、抜けてきたとたんに、まき納めてねじれたような手紙の端がすじかいに見えた。自分はひったくるようにその手紙を取って、すぐ五、六寸破いて櫛をふこうとして見ると、細かい女の字で白紙の闇をたどるといったように、細長くひょろひょろとなにか書いてあるのに気がついた。自分はちょっと一、二行読んでみる気になった。しかしこのひょろひょろした文字が言文一致でつづられているのを発見した時、自分の好奇心は最初の一、二行では満足することができなくなった。自分は知らず知らず、先に裂き破った五、六寸を一息に読み尽くした。そうして裂き残しの分へまでもどんどん進んでいった。こう進んでゆくうちにも、自分は絶えず微笑を禁じえなかった。実をいうと手紙はある女から男にあてた艶書なのである。

 艶書だけに一方からいうとはなはだ陳腐には相違ないが、それがまた形式のきまらない言文一致でかってに書き流してあるので、ずいぶん奇抜だと思う文句がひょいひょいと出てきた。ことに字違いや仮名違いが目についた。それから感情の現わし方がいかにも露骨でありながら一種の型にはいっているという意味で誠がかえって出ていないようにもみえた。最も恐るべくへたな恋の都々一なども遠慮なく引用してあった。すべてを総合して、書き手のくろうとであることが、誰の目にもなにより先にまず映る手紙であった。どうせ無関係な第三者がひとの艶書のぬすみ読みをするときにこっけいの興味が加わらないはずはないわけであるが、書き手が節操上の徳義を負担しないで済むくろうとのような場合には、この興味が他の厳粛な社会的観念に妨げられるおそれがないだけに、読み手ははなはだ気楽なものである。

 そういう訳で、自分は多大の興味をもってこの長い手紙をくすくす笑いながら読んだ。そうして読みながら、こんなに女から思われている色男は、いったい何者だろうかとの好奇心を、最後の一行が尽きて、名あての名が自分の目の前に現われるまで引きずっていった。ところがこの好奇心が遺憾なく満足されべき画竜点睛の名前までいよいよ読み進んだ時、自分は突然驚いた。名あてには重吉の姓と名がはっきり書いてあった。

 自分は少しのあいだぼんやり庭の方を見ていた。それから手に持った手紙をさらさらと巻いて浴衣のふところへ入れた。そうして鏡の前で髪を分けた。時計を見ると、まだ七時である。しかし自分は十時何分かの汽車で立つはずになっていた。手をたたいて下女を呼んで、すぐ重吉を車で迎えにやるように命じた。そのあいだに飯を食うことにした。

 なんだかおかしいという気分もいくぶんかまじっていた。けれども総体に「あの野郎」という心持ちのほうが勝っていた。そのあの野郎として重吉をながめると、宿をかえていつまでも知らせなかったり、さんざん人を待たせて、気の毒そうな顔もしなかったり、やっとはいってきたかと思うと、一面アルコールにいろどられていたり、すべて不都合だらけである。が、平生どの角度に見ても尋常一式なあの男が、いつのまに女から手紙などをもらってすまし返っているのだろうと考えると、あたりまえすぎるふだんの重吉と、色男として別に通用する特製の重吉との矛盾がすこぶるこっけいに見えた。したがって自分はどっちの感じで重吉に対してよいかわからなかった。けれどもどっちかにきめて、これを根本調として会見しなければならないということに気がついた。自分は食後の茶を飲んで楊枝を使いながら、ここへ重吉が来たらどう取り扱ったものだろうと考えた。