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それから 二の二

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それから 二の二

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夏目漱石

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 代助と平岡とは中学時代からの知り合で、殊に学校を卒業して後、一年間といふものは、殆んど兄弟の様に親しく往来した。其時分は互に凡てを打ち明けて、互に力に為り合ふ様なことを云ふのが、互に娯楽の尤もなるものであつた。この娯楽が変じて実行となつた事も少なくないので、彼等は双互の為めに口にした凡ての言葉には、娯楽どころか、常に一種の犠牲を含んでゐると確信してゐた。さうして其犠牲を即座に払へば、娯楽の性質が、忽然苦痛に変ずるものであると云ふ陳腐な事実にさへ気が付かずにゐた。一年の後平岡は結婚した。同時に、自分の勤めてゐる銀行の、京坂地方のある支店詰になつた。代助は、出立の当時、新夫婦を新橋の停車場に送つて、愉快さうに、直帰つて来給へと平岡の手を握つた。平岡は、仕方がない、当分辛抱するさと打遣る様に云つたが、其眼鏡の裏には得意の色が羨ましい位動いた。それを見た時、代助は急に此友達を憎らしく思つた。家へ帰つて、一日部屋に這入つたなり考へ込んでゐた。嫂を連れて音楽会へ行く筈の所を断わつて、大いに嫂に気を揉ました位である。

 平岡からは断えず音信があつた。安着の端書、向ふで世帯を持つた報知、それが済むと、支店勤務の模様、自己将来の希望、色々あつた。手紙の来るたびに、代助は何時も丁寧な返事を出した。不思議な事に、代助が返事を書くときは、何時でも一種の不安に襲はれる。たまには我慢するのが厭になつて、途中で返事を已めて仕舞ふ事がある。たゞ平岡の方から、自分の過去の行為に対して、幾分か感謝の意を表して来る場合に限つて、安々と筆が動いて、比較的なだらかな返事が書けた。

 そのうち段々手紙の遣り取りが疎遠になつて、月に二遍が、一遍になり、一遍が又二月、三月に跨がる様に間を置いて来ると、今度は手紙を書かない方が、却つて不安になつて、何の意味もないのに、只この感じを駆逐する為に封筒の糊を湿す事があつた。それが半年ばかり続くうちに、代助の頭も胸も段々組織が変つて来る様に感ぜられて来た。此変化に伴つて、平岡へは手紙を書いても書かなくつても、丸で苦痛を覚えない様になつて仕舞つた。現に代助が一戸を構へて以来、約一年余と云ふものは、此春年賀状の交換のとき、序を以て、今の住所を知らした丈である。

 それでも、ある事情があつて、平岡の事は丸で忘れる訳には行かなかつた。時々思ひ出す。さうして今頃は何うして暮してゐるだらうと、色々に想像して見る事がある。然したゞ思ひ出す丈で、別段問ひ合せたり聞き合せたりする程に、気を揉む勇気も必要もなく、今日迄過して来た所へ、二週間前に突然平岡からの書信が届いたのである。其手紙には近々当地を引き上げて、御地へまかり越す積りである。但し本店からの命令で、栄転の意味を含んだ他動的の進退と思つてくれては困る。少し考があつて、急に職業替をする気になつたから、着京の上は何分宜しく頼むとあつた。此何分宜しく頼むの頼むは本当の意味の頼むか、又は単に辞令上の頼むか不明だけれども、平岡の一身上に急劇な変化のあつたのは争ふべからざる事実である。代助は其時はつと思つた。

 それで、逢ふや否や此変動の一部始終を聞かうと待設けて居たのだが、不幸にして話が外れて容易に其所へ戻つて来ない。折を見て此方から持ち掛けると、まあ緩つくり話すとか何とか云つて、中々埒を開けない。代助は仕方なしに、仕舞に、

「久し振りだから、其所いらで飯でも食はう」と云ひ出した。平岡は、それでも、まだ、何れ緩くりを繰返したがるのを、無理に引張つて、近所の西洋料理へ上つた。