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それから 十四の三

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それから 十四の三

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夏目漱石

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 けれども、代助の精神は、結婚謝絶と、其謝絶に次いで起るべき、三千代と自分の関係にばかり注がれてゐた。従つて、いくら平生の自分に帰つて、梅子の相手になる積でも、梅子の予期してゐない、変つた音色が、時々会話の中に、思はず知らず出て来た。

「代さん、貴方今日は何うかしてゐるのね」と仕舞に梅子が云つた。代助は固より嫂の言葉を側面へ摺らして受ける法をいくらでも心得てゐた。然るに、それを遣るのが、軽薄の様で、又面倒な様で、今日は厭になつた。却つて真面目に、何処が変か教へて呉れと頼んだ。梅子は代助の問が馬鹿気てゐるので妙な顔をした。が、代助が益頼むので、では云つて上げませうと前置をして、代助の何うかしてゐる例を挙げ出した。梅子は勿論わざと真面目を装つてゐるものと代助を解釈した。其中に、

「だつて、兄さんが留守勝で、嘸御淋しいでせうなんて、あんまり思遣りが好過ぎる事を仰しやるからさ」と云ふ言葉があつた。代助は其所へ自分を挟んだ。

「いや、僕の知つた女に、左様云ふのが一人あつて、実は甚だ気の毒だから、つい他の女の心持も聞いて見たくなつて、伺つたんで、決して冷かした積ぢやないんです」

「本当に? 夫や一寸何てえ方なの」

「名前は云ひ悪いんです」

「ぢや、貴方が其旦那に忠告をして、奥さんをもつと可愛がるやうにして御上になれば可いのに」

 代助は微笑した。

「姉さんも、さう思ひますか」

「当り前ですわ」

「もし其夫が僕の忠告を聞かなかつたら、何うします」

「そりや、何うも仕様がないわ」

「放つて置くんですか」

「放つて置かなけりや、何うなさるの」

「ぢや、其細君は夫に対して細君の道を守る義務があるでせうか」

「大変理責めなのね。夫や旦那の不親切の度合にも因るでせう」

「もし、其細君に好きな人があつたら何うです」

「知らないわ。馬鹿らしい。好きな人がある位なら、始めつから其方へ行つたら好いぢやありませんか」

 代助は黙つて考へた。しばらくしてから、姉さんと云つた。梅子は其深い調子に驚ろかされて、改ためて代助の顔を見た。代助は同じ調子で猶云つた。

「僕は今度の縁談を断らうと思ふ」

 代助の巻烟草を持つた手が少し顫へた。梅子は寧ろ表情を失つた顔付をして、謝絶の言葉を聞いた。代助は相手の様子に頓着なく進行した。

「僕は今迄結婚問題に就いて、貴方に何返となく迷惑を掛けた上に、今度も亦心配して貰つてゐる。僕ももう三十だから、貴方の云ふ通り、大抵な所で、御勧め次第になつて好いのですが、少し考があるから、この縁談もまあ已めにしたい希望です。御父さんにも、兄さんにも済まないが、仕方がない。何も当人が気に入らないと云ふ訳ではないが、断るんです。此間御父さんによく考へて見ろと云はれて、大分考へて見たが、矢っ張り断る方が好い様だから断ります。実は今日は其用で御父さんに逢ひに来たんですが、今御客の様だから、序と云つては失礼だが、貴方にも御話をして置きます」

 梅子は代助の様子が真面目なので、何時もの如く無駄口も入れずに聞いてゐたが、聞き終つた時、始めて自分の意見を述べた。それが極めて簡単な且つ極めて実際的な短かい句であつた。

「でも、御父さんは屹度御困りですよ」

「御父さんには僕が直に話すから構ひません」

「でも、話がもう此所迄進んでゐるんだから」

「話が何所迄進んでゐやうと、僕はまだ貰ひますと云つた事はありません」

「けれども判然貰はないとも仰しやらなかつたでせう」

「それを今云ひに来た所です」

 代助と梅子は向ひ合つたなり、しばらく黙つた。