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それから 十四の四
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夏目漱石
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代助の方では、もう云ふ可き事を云ひ尽くした様な気がした。少なくとも、是より進んで、梅子に自分を説明しやうといふ考は丸で無かつた。梅子は語るべき事、聞くべき事を沢山持つてゐた。たゞ夫が咄嗟の間に、前の問答に繋がり好く、口へ出て来なかつたのである。
「貴方の知らない間に、縁談が何れ程進んだのか、私にも能く分らないけれど、誰にしたつて、貴方が、さう的確御断りなさらうとは思ひ掛けないんですもの」と梅子は漸くにして云つた。
「何故です」と代助は冷かに落ち付いて聞いた。梅子は眉を動かした。
「何故ですつて聞いたつて、理窟ぢやありませんよ」
「理窟でなくつても構はないから話して下さい」
「貴方の様にさう何遍断つたつて、詰り同じ事ぢやありませんか」と梅子は説明した。けれども、其意味がすぐ代助の頭には響かなかつた。不可解の眼を挙げて梅子を見た。梅子は始めて自分の本意を布衍しに掛かつた。
「つまり、貴方だつて、何時か一度は、御奥さんを貰ふ積なんでせう。厭だつて、仕方がないぢやありませんか。其様何時迄も我儘を云つた日には、御父さんに済まない丈ですわ。だからね。何うせ誰を持つて行つても気に入らない貴方なんだから、つまり誰を持たしたつて同じだらうつて云ふ訳なんです。貴方には何んな人を見せても駄目なんですよ。世の中に一人も気に入る様なものは生きてやしませんよ。だから、奥さんと云ふものは、始めから気に入らないものと、諦らめて貰ふより外に仕方がないぢやありませんか。だから私達が一番好いと思ふのを、黙つて貰へば、夫で何所も彼所も丸く治まつちまふから、――だから、御父さんが、殊によると、今度は、貴方に一から十迄相談して、何か為さらないかも知れませんよ。御父さんから見れば夫が当り前ですもの。さうでも、為なくつちや、生きてる内に、貴方の奥さんの顔を見る事は出来ないぢやありませんか」
代助は落ち付いて嫂の云ふ事を聴いてゐた。梅子の言葉が切れても、容易に口を動かさなかつた。若し反駁をする日には、話が段々込み入る許で、此方の思ふ所は決して、梅子の耳へ通らないと考へた。けれども向ふの云ひ分を肯ふ気は丸でなかつた。実際問題として、双方が困る様になる許と信じたからである。それで、嫂に向つて、
「貴方の仰しやる所も、一理あるが、私にも私の考があるから、まあ打遣つて置いて下さい」と云つた。其調子には梅子の干渉を面倒がる気色が自然と見えた。すると梅子は黙つてゐなかつた。
「そりや代さんだつて、小供ぢやないから、一人前の考の御有な事は勿論ですわ。私なんぞの要らない差出口は御迷惑でせうから、もう何にも申しますまい。然し御父さんの身になつて御覧なさい。月々の生活費は貴方の要ると云ふ丈今でも出して入らつしやるんだから、つまり貴方は書生時代よりも余計御父さんの厄介になつてる訳でせう。さうして置いて、世話になる事は、元より世話になるが、年を取つて一人前になつたから、云ふ事は元の通りには聞かれないつて威張つたつて通用しないぢやありませんか」
梅子は少し激したと見えて猶も云ひ募らうとしたのを、代助が遮つた。
「だつて、女房を持てば此上猶御父さんの厄介に為らなくつちや為らないでせう」
「宜いぢやありませんか、御父さんが、其方が好いと仰しやるんだから」
「ぢや、御父さんは、いくら僕の気に入らない女房でも、是非持たせる決心なんですね」
「だつて、貴方に好いたのがあればですけれども、そんなのは日本中探して歩いたつて無いんぢやありませんか」
「何うして、夫が分ります」
梅子は張の強い眼を据ゑて、代助を見た。さうして、
「貴方は丸で代言人の様な事を仰しやるのね」と云つた。代助は蒼白くなつた額を嫂の傍へ寄せた。
「姉さん、私は好いた女があるんです」と低い声で云ひ切つた。