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三四郎 四の三

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三四郎 四の三

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夏目金之助

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 横町を後へ引き返して、裏通りへ出ると、半町ばかり北へ来た所に、突き当りと思はれる様な小路がある。其小路の中へ三四郎は二人を連れ込んだ。真直に行くと植木屋の庭へ出て仕舞ふ。三人は入口の五六間手前で留つた。右手に可なり大きな御影の柱が二本立つてゐる。扉は鉄である。三四郎が是だと云ふ。成程貸家札が付いてゐる。

「こりや恐ろしいもんだ」と云ひながら、与次郎は鉄の扉をうんと推したが、錠が卸りてゐる。「一寸御待ちなさい聞いてくる」と云ふや否や、与次郎は植木屋の奥の方へ馳け込んで行つた。広田と三四郎は取り残された様なものである。二人で話を始めた。

「東京は如何です」

「えゝ……」

「広い許で汚ない所でせう」

「えゝ……」

「富士山に比較する様なものは何にもないでせう」

 三四郎は富士山の事を丸で忘れてゐた。広田先生の注意によつて、汽車の窓から始めて眺めた富士は、考へ出すと、成程崇高なものである。たゞ今自分の頭の中にごた/\してゐる世相とは、とても比較にならない。三四郎はあの時の印象を何時の間にか取り落してゐたのを恥づかしく思つた。すると、

「君、不二山を翻訳して見た事がありますか」と意外な質問を放たれた。

「翻訳とは……」

「自然を翻訳すると、みんな人間に化けて仕舞ふから面白い。崇高だとか、偉大だとか、雄壮だとか」

 三四郎は翻訳の意味を了した。

「みんな人格上の言葉になる。人格上の言葉に翻訳する事の出来ない輩には、自然が毫も人格上の感化を与へてゐない」

 三四郎はまだあとが有るかと思つて、黙つて聞いてゐた。所が広田さんは夫で已めて仕舞つた。植木屋の奥の方を覗いて、

「佐々木は何をしてゐるのか知ら。遅いな」と独り言の様に云ふ。

「見て来ませうか」と三四郎が聞いた。

「なに、見に行つたつて、それで出て来る様な男ぢやない。それより此所に待つてる方が手間が掛らないでいゝ」と云つて枳殻の垣根の下に跼がんで、小石を拾つて、土の上へ何か描き出した。呑気な事である。与次郎の呑気とは方角が反対で、程度が略相似てゐる。

 所へ植込の松の向から、与次郎が大きな声を出した。

「先生々々」

 先生は依然として、何か描いてゐる。どうも燈明台の様である。返事をしないので、与次郎は仕方なしに出て来た。

「先生一寸見て御覧なさい。好い家だ。この植木屋で持つてるんです。門を開けさせても好いが、裏から廻つた方が早い」

 三人は裏から廻つた。雨戸を明けて、一間々々見て歩いた。中流の人が住んで恥づかしくない様に出来てゐる。家賃が四十円で、敷金が三ヶ月分だと云ふ。三人はまた表へ出た。

「何で、あんな立派な家を見るのだ」と広田さんが云ふ。

「何で見るつて、たゞ見る丈だから好いぢやありませんか」と与次郎は云ふ。

「借りもしないのに……」

「なに借りる積で居たんです。所が家賃をどうしても弐十五円にしやうと云はない……」

 広田先生は「当り前さ」と云つた限である。すると与次郎が石の門の歴史を話し出した。此間迄ある出入りの屋敷の入口にあつたのを、改築のとき貰つて来て、直あすこへ立てたのだと云ふ。与次郎丈に妙な事を研究して来た。