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三四郎 四の四
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夏目金之助
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それから三人は元の大通りへ出て、動坂から田端の谷へ下りたが、下りた時分には三人ともただ歩いてゐる。貸家の事はみんな忘れて仕舞つた。ひとり与次郎が時々石の門の事を云ふ。麹町からあれを千駄木迄引いてくるのに、手間が五円程かゝつた抔と云ふ。あの植木屋は大分金持らしい抔とも云ふ。あすこへ四十円の貸家を建てゝ、全体誰が借りるだらう抔と余計なこと迄云ふ。遂には、今に借手がなくつて屹度家賃を下げるに違ないから、其時もう一遍談判して是非借りやうぢやありませんかと云ふ結論であつた。広田先生は別に、さういふ料簡もないと見えて、かう云つた。
「君が、あんまり余計な話ばかりしてゐるものだから、時間が掛つて仕方がない。好加減にして出て来るものだ」
「余程長くかゝりましたか。何か画をかいてゐましたね。先生も随分呑気だな」
「何方が呑気か分りやしない」
「ありや何の画です」
先生は黙つてゐる。其時三四郎が真面目な顔をして、
「燈台ぢやないですか」と聞いた。画手と与次郎は笑ひ出した。
「燈台は奇抜だな。ぢや野々宮宗八さんを画いて入らしつたんですね」
「何故」
「野々宮さんは外国ぢや光つてるが、日本ぢや真暗だから。――誰も丸で知らない。それで僅ばかりの月給を貰つて、穴倉へ立籠つて――、実に割に合はない商買だ。野々宮さんの顔を見る度に気の毒になつて堪らない」
「君なぞは自分の坐つてゐる周囲方二尺位の所をぼんやり照らす丈だから、丸行燈の様なものだ」
丸行燈に比較された与次郎は、突然三四郎の方を向いて、
「小川君、君は明治何年生れかな」と聞いた。三四郎は単簡に、
「僕は二十三だ」と答へた。
「そんなものだらう。――先生僕は丸行燈だの、雁首だのつて云ふものが、どうも嫌ですがね。明治十五年以後に生れた所為かも知れないが、何だか旧式で厭な心持がする。君はどうだ」と又三四郎の方を向く。三四郎は、
「僕は別段嫌でもない」と云つた。
「尤も君は九州の田舎から出た許だから、明治元年位の頭と同じなんだらう」
三四郎も広田も是に対して別段の挨拶をしなかつた。少し行くと古い寺の隣りの杉林を切り倒して、奇麗に地平をした上に、青ペンキ塗の西洋館を建てゝゐる。広田先生は寺とペンキ塗を等分に見てゐた。
「時代錯誤だ。日本の物質界も精神界も此通りだ。君、九段の燈明台を知つてゐるだらう」と又燈明台が出た。「あれは古いもので、江戸名所図絵に出てゐる」
「先生冗談云つちや不可ません。なんぼ九段の燈明台が旧いたつて、江戸名所図絵に出ちや大変だ」
広田先生は笑ひ出した。実は東京名所と云ふ錦絵の間違だと云ふ事が解つた。先生の説によると、こんなに古い燈台が、まだ残つてゐる傍に、階行社と云ふ新式の錬瓦作りが出来た。二つ並べて見ると実に馬鹿気てゐる。けれども誰も気が付かない、平気でゐる。是が日本の社会を代表してゐるんだと云ふ。
与次郎も三四郎も成程と云つた儘、御寺の前を通り越して、五六町来ると、大きな黒い門がある。与次郎が、此所を抜けて道灌山へ出様と云ひ出した。抜けても可いのかと念を押すと、なに是は佐竹の下屋敷で、誰でも通れるんだから構はないと主張するので、二人共其気になつて門を潜つて、藪の下を通つて古い池の傍迄来ると、番人が出て来て、大変に三人を叱り付けた。其時与次郎はへい/\と云つて番人に詫まつた。
それから谷中へ出て、根津を廻つて、夕方に本郷の下宿へ帰つた。三四郎は近来にない気楽な半日を暮した様に感じた。