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三四郎 四の五

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三四郎 四の五

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夏目金之助

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 翌日学校へ出て見ると与次郎が居ない。午から来るかと思つたが来ない。図書館へも這入つたが矢っ張り見当らなかつた。五時から六時迄純文科共通の講義がある。三四郎はこれへ出た。筆記をするには暗過ぎる。電燈が点くには早過ぎる。細長い窓の外に見える大きな欅の枝の奥が、次第に黒くなる時分だから、室の中は講師の顔も聴講生の顔も等しくぼんやりしてゐる。従つて暗闇で饅頭を食ふ様に、何となく神秘的である。三四郎は講義が解らない所が妙だと思つた。頬杖を突いて聴いてゐると、神経が鈍くなつて、気が遠くなる。これでこそ講義の価値がある様な心持がする。所へ電燈がぱつと点いて、万事が稍明瞭になつた。すると急に下宿へ帰つて飯が食ひたくなつた。先生もみんなの心を察して、好い加減に講義を切り上げて呉れた。三四郎は早足で追分迄帰つてくる。

 着物を脱ぎ換えて膳に向ふと、膳の上に、茶碗蒸と一所に手紙が一本載せてある。其上封を見たとき、三四郎はすぐ母から来たものだと悟つた。済まん事だが此半月あまり母の事は丸で忘れてゐた。昨日から今日へ掛けては時代錯誤だの、不二山の人格だの、神秘的な講義だので、例の女の影も一向頭の中へ出て来なかつた。三四郎は夫で満足である。母の手紙はあとで緩くり覧る事として、取り敢ず食事を済まして、烟草を吹かした。其烟を見ると先刻の講義を思ひ出す。

 そこへ与次郎がふらりと現はれた。どうして学校を休んだかと聞くと、貸家探しで学校所ぢやないさうである。

「そんなに急いで越すのか」と三四郎が聞くと、

「急ぐつて先月中に越す筈の所を明後日の天長節迄待たしたんだから、どうしたつて明日中に探さなければならない。どこか心当りはないか」と云ふ。

 こんなに忙しがる癖に、昨日は散歩だか、貸家探しだか分らない様にぶら/\潰してゐた。三四郎には殆んど合点が行かない。与次郎は之を解釈して、それは先生が一所だからさと云つた。「元来先生が家を探すなんて間違つてゐる。決して探した事のない男なんだが、昨日はどうかしてゐたに違ない。御蔭で佐竹の邸で苛い目に叱られて好い面の皮だ。――君何所かないか」と急に催促する。与次郎が来たのは全くそれが目的らしい。能く/\原因を聞いて見ると、今の持主が高利貸で、家賃を無暗に上げるのが、業腹だと云ふので、与次郎が此方から立退を宣告したのださうだ。それでは与次郎に責任がある訳だ。

「今日は大久保迄行つて見たが、矢っ張りない。――大久保と云へば、序に宗八さんの所へ寄つて、よし子さんに逢つて来た。可哀さうにまだ色光沢が悪い。――辣薑性の美人――御母さんが君に宜しく云つて呉れつてことだ。しかし其後はあの辺も穏やかな様だ。轢死もあれぎりないさうだ」

 与次郎の話はそれから、それへと飛んで行く。平生から締りのない上に、今日は家探しで少し焦き込んでゐる。話が一段落つくと、相の手の様に、何所かないか/\と聞く。仕舞には三四郎も笑ひ出した。