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三四郎 四の十七

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三四郎 四の十七

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夏目金之助

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 美禰子は台所へ立つた。茶碗を洗つて、新らしい茶を注いで、縁側の端迄持つて出る。

「御茶を」と云つた儘、其所へ坐つた。「よし子さんは、どうなすつて」と聞く。

「えゝ、身体の方はもう回復しましたが」と又腰を掛けて茶を飲む。それから、少し先生の方へ向いた。

「先生、折角大久保へ越したが、又此方の方へ出なければならない様になりさうです」

「何故」

「妹が学校へ行き帰りに、戸山の原を通るのが厭だといひ出しましてね。それに僕が夜実験をやるものですから、遅く迄待つてゐるのが淋しくつて不可ないんださうです。尤も今のうちは母が居るから構ひませんが、もう少しして、母が国へ帰ると、あとは下女丈になるものですからね。臆病もの二人では到底辛抱し切れないのでせう。――実に厄介だな」と冗談半分の嘆声を洩らしたが、「どうです里見さん、あなたの所へでも食客に置いて呉れませんか」と美禰子の顔を見た。

「何時でも置いて上げますわ」

「何方です。宗八さんの方をですか、よし子さんの方をですか」と与次郎が口を出した。

「何方でも」

 三四郎丈黙つてゐた。広田先生は少し真面目になつて、

「さうして君はどうする気なんだ」

「妹の始末さへ付けば、当分下宿しても可いです。それでなければ、又何所かへ引越さなければならない。一層学校の寄宿舎へでも入れ様かと思ふんですがね。何しろ小供だから、僕が始終行けるか、向ふが始終来られる所でないと困るんです」

「それぢや里見さんの所に限る」と与次郎が又注意を与へた。広田さんは与次郎を相手にしない様子で、

「僕の所の二階へ置いて遣つても好いが、何しろ佐々木の様なものがゐるから」と云ふ。

「先生、二階へは是非佐々木を置いてやつて下さい」と与次郎自身が依頼した。野々宮君は笑ひながら、

「まあ、どうかしませう。――身長ばかり大きくつて馬鹿だから実に弱る。あれで団子坂の菊人形が見たいから、連れて行けなんて云ふんだから」

「連れて行つて御上げなされば可いのに。私だつて見たいわ」

「ぢや一所に行きませうか」

「えゝ是非。小川さんも入らつしやい」

「えゝ行きませう」

「佐々木さんも」

「菊人形は御免だ。菊人形を見る位なら活動写真を見に行きます」

「菊人形は可いよ」と今度は広田先生が云ひ出した。「あれ程に人工的なものは恐らく外国にもないだらう。人工的によく斯んなものを拵らへたといふ所を見て置く必要がある。あれが普通の人間に出来て居たら、恐らく団子坂へ行くものは一人もあるまい。普通の人間なら、どこの家でも四五人は必ずゐる。団子坂へ出掛けるには当らない」

「先生一流の論理だ」と与次郎が評した。

「昔し教場で教はる時にも、よく、あれで遣られたものだ」と野々宮君が云つた。

「ぢや先生も入らつしやい」と美禰子が最後に云ふ。先生は黙つてゐる。みんな笑ひ出した。

 台所から婆さんが「どなたか一寸」と云ふ。与次郎は「おい」とすぐ立つた。三四郎は矢っ張り坐つてゐた。

「どれ僕も失礼しやうか」と野々宮さんが腰を上げる。

「あらもう御帰り。随分ね」と美禰子が云ふ。

「此間のものはもう少し待つて呉れ玉へ」と広田先生が云ふのを、「えゝ、宜うござんす」と受けて、野々宮さんが庭から出て行つた。其影が折戸の外へ隠れると、美禰子は急に思ひ出した様に「さう/\」と云ひながら、庭先に脱いであつた下駄を穿いて、野々宮の後を追掛た。表で何か話してゐる。

 三四郎は黙つて坐つてゐた。