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三四郎 一の七

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三四郎 一の七

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夏目金之助

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 其男の説によると、桃は果物のうちで一番仙人めいてゐる。何だか馬鹿見た様な味がする。第一核子の恰好が無器用だ。且つ穴だらけで大変面白く出来上つてゐると云ふ。三四郎は始めて聞く説だが、随分詰らない事を云ふ人だと思つた。

 次に其男がこんな事を云ひ出した。子規は果物が大変好きだつた。且ついくらでも食へる男だつた。ある時大きな樽柿を十六食つた事がある。それで何ともなかつた。自分抔は到底子規の真似は出来ない。――三四郎は笑つて聞いてゐた。けれども子規の話丈には興味がある様な気がした。もう少し子規の事でも話さうかと思つてゐると、

「どうも好なものには自然と手が出るものでね。仕方がない。豚抔は手が出ない代りに鼻が出る。豚をね、縛つて動けない様にして置いて、其鼻の先へ、御馳走を並べて置くと、動けないものだから、鼻の先が段延びて来るさうだ。御馳走に届く迄は延びるさうです。どうも一念程恐ろしいものはない」と云つて、にやにや笑つてゐる。真面目だか冗談だか、判然と区別しにくい様な話し方である。

「まあ御互に豚でなくつて仕合せだ。さう欲しいものゝ方へ無暗に鼻が延びて行つたら、今頃は汽車にも乗れない位長くなつて困るに違ない」

 三四郎は吹き出した。けれども相手は存外静かである。

「実際危険い。レオナルド、ダ、ンチと云ふ人は桃の幹に砒石を注射してね、其実へも毒が回るものだらうか、どうだらうかと云ふ試験をした事がある。所が其桃を食つて死んだ人がある。危険い。気を付けないと危険い」と云ひながら、散食ひ散らした水蜜桃の核子やら皮やらを、一纏めに新聞に包んで、窓の外へ抛げ出した。

 今度は三四郎も笑ふ気が起らなかつた。レオナルド、ダ、ンチと云ふ名を聞いて少しく辟易した上に、何だか昨夕の女の事を考へ出して、妙に不愉快になつたから、謹しんで黙つて仕舞つた。けれども相手はそんな事に一向気が付かないらしい。やがて、

「東京は何所へ」と聞き出した。

「実は始めてで様子が善く分らんのですが……差し当り国の寄宿舎へでも行かうかと思つてゐます」と云ふ。

「ぢや熊本はもう……」

「今度卒業したのです」

「はあ、そりや」と云つたが御目出たいとも結構だとも付けなかつた。たゞ「すると是から大学へ這入るのですね」と如何にも平凡であるかの如くに聞いた。

 三四郎は聊か物足りなかつた。其代り、

「えゝ」と云ふ二字で挨拶を片付た。

「科は?」と又聞かれる。

「一部です」

「法科ですか」

「いゝえ文科です」

「はあ、そりや」と又云つた。三四郎は此はあそりやを聞くたびに妙になる。向ふが大いに偉いか、大いに人を踏み倒してゐるか、さうでなければ大学に全く縁故も同情もない男に違ない。然しそのうちの何方だか見当が付かないので此男に対する態度も極めて不明瞭であつた。