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三四郎 九の四

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三四郎 九の四

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夏目金之助

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 帰り路に与次郎が三四郎に向つて、突然借金の言訳をし出した。月の冴えた比較的寒い晩である。三四郎は殆んど金の事などは考へてゐなかつた。言訳を聞くのでさへ本気ではない。どうせ返す事はあるまいと思つてゐる。与次郎も決して返すとは云はない。たゞ返せない事情を色々に話す。其話し方のほうが三四郎には余程面白い。――自分の知つてる去る男が、失恋の結果、世の中が厭になつて、とう/\自殺を仕様と決心したが、海もいや河もいや、噴火口は猶いや、首を縊るのは尤もいやと云ふ訳で、已を得ず短銃を買つて来た。買つて来て、まだ目的を遂行しないうちに、友達が金を借りに来た。金はないと断わつたが、是非どうかして呉れと訴へるので、仕方なしに、大事の短銃を借して遣つた。友達はそれを質に入れて一時を凌いだ。都合がついて、質を受出して返しに来た時は、肝心の短銃の主はもう死ぬ気がなくなつて居た。だから此男の命は金を借りに来られた為に助かつたと同じ事である。

「さう云ふ事もあるからなあ」と与次郎が云つた。三四郎には只可笑しい丈である。其外には何等の意味もない。高い月を仰いで大きな声を出して笑つた。金を返されないでも愉快である。与次郎は、

「笑つちや不可ん」と注意した。三四郎は猶可笑しくなつた。

「笑はないで、よく考へて見ろ。己が金を返さなければこそ、君が美禰子さんから金を借りる事が出来たんだらう」

 三四郎は笑ふのを已めた。

「それで?」

「それ丈で沢山ぢやないか。――君、あの女を愛してゐるんだらう」

 与次郎は善く知つてゐる。三四郎はふんと云つて、又高い月を見た。月の傍に白い雲が出た。

「君、あの女には、もう返したのか」

「いゝや」

「何時迄も借りて置いてやれ」

 呑気な事を云ふ。三四郎は何とも答へなかつた。しかし何時迄も借りて置く気は無論無かつた。実は必要な弐拾円を下宿へ払つて、残りの拾円を其翌日すぐ里見の家へ届けやうと思つたが、今返しては却つて、好意に背いて、よくないと考へ直して、折角門内に這入られる機会を犠牲にして迄、引き返した。其時何かの拍子で、気が緩んで、其十円をくづして仕舞つた。実は今夜の会費も其内から出てゐる。自分の許ではない。与次郎のもその内から出てゐる。あとには、漸やく二三円残つてゐる。三四郎は夫で冬襯衣を買はうと思つた。

 実は与次郎が到底返しさうもないから、三四郎は思ひ切つて、此間国元へ三十円の不足を請求した。充分な学資を月々貰つてゐながら、たゞ不足だからと云つて請求する訳には行かない。三四郎はあまり嘘を吐いた事のない男だから、請求の理由に至つて困却した。仕方がないからたゞ友達が金を失くして弱つてゐたから、つい気の毒になつて貸してやつた。其結果として、今度は此方が弱る様になつた。どうか送つて呉れと書いた。

 直返事を出して呉れゝば、もう届く時分であるのにまだ来ない。今夜あたりは殊によると来てゐるかも知れぬ位に考へて、下宿へ帰つて見ると、果して、母の手蹟で書いた封筒がちやんと机の上に乗つてゐる。不思議な事に、何時も必ず書留で来るのが、今日は三銭切手一枚で済ましてある。開いて見ると、中は例になく短かい。母としては不親切な位、用事丈で申し納めて仕舞つた。依頼の金は野々宮さんの方へ送つたから、野々宮さんから受取れといふ差図に過ぎない。三四郎は床を取つて寐た。