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手紙 第三章

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手紙 第三章

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夏目漱石

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 実をいうと、父母ははじめからそれを承知のうえで娘を嫁にやったのである。それのみか、腕ききの腕を最も敏活に働かすという意味に解釈した酒と女は、仕事のうえに欠くべからざる交際社会の必要条件とまで認めていた。それだのに彼らはやがて眉をひそめなければならなくなってきた。かねてじょうぶであった娘の健康が、嫁にいってしばらくすると、目につくように衰えだした時に、彼らはもう相応に胸を傷めた。娘に会うたびに母親はどこか悪くはないかと聞いた。娘はただ微笑して、べつだんなんともないとばかり答えていた。けれどもその血色はしだいにあおくなるだけであった。そうしてしまいにはとうとう病気だということがわかった。しかもその病気があまりたちのよいものではないということがわかった。なおよく探究すると、公に言いにくい夫の疾がいつのまにか妻に感染したのだということまでわかった。父母の懸念が道徳上の着色を帯びて、好悪の意味で、娘の夫に反射するようになったのはこの時からである。彼らは気の毒な長女を見るにつけて、これから嫁にやる次女の夫として、姉のそれと同型の道楽ものを想像するにたえなくなった。それで金はなくてもかまわないから、どうしても道楽をしない保険付きの堅い人にもらってもらおうと、夫婦の間に相談がまとまったのである。

 自分の妻は先方から聞いてきたとおりをこういうふうに詳しくくりかえして自分に話したのち、重吉さんならまちがいはなかろうと思うんですが、どうでしょうと言った。自分はただそうさと答えたまま、畳の上を見つめていた。すると妻はやや疑ぐったような調子で、重吉さんでも道楽をするんでしょうかと聞いた。

「まあだいじょうぶだろうよ」

「まあじゃ困るわ。ほんとうにだいじょうぶでなくっちゃ。だってもしか、嘘でもついたら、私すまないんですもの。私ばかしじゃない、貴方だって責任がおありじゃありませんか」

 こう言われてみるとなるほど先方へいいかげんな返事をするのもいかがなものである。といって、あの重吉が遊ぶとは、どうしても考えられない。むろん彼のようすにはじじむさいとか無骨すぎるとか、すべて粋の裏へ回るものは一つもなかった。けれども全面が平たく尋常にでき上がっているせいか、どことさして、ここが道楽くさいという点もまたまるで見当たらなかった。自分は妻といろいろ話した末、こう言った。

「まあたいていよかろうじゃないか。道楽のほうは受け合いますと言っといでよ」

「道楽のほうって――。しないほうをでしょう」

「あたりまえさ。するほうを受け合っちゃたいへんだ」

 妻はまた先方へ行って、けっして道楽をするような男じゃございませんと受け合った。話はそれから発展しはじめたのである。重吉が地方へ行くと言いだした時には、それがずっと進行して、もう十の九まではまとまっていた。自分は重吉のHへ立つまえに、わざわざ先方へ出かけて行って、父母の同意を求めたうえで重吉を立たせた。

 重吉とお静さんとの関係はそこまで行って、ぴたりととまったなり今日に至ってまだ動かずにいる。もっとも自分はそれほど気にもかからない、今にどっちからか動きだすだろう、万事はその時のことと覚悟をきめていたが、妻は女だけに心配して、このあいだも長い手紙を重吉にやって、いったいあのことはどうなさるつもりですかと尋ねたら、重吉は万事よろしく願いますと例のとおりの返事をよこした。そのまえ聞き合わせた時には、私はまだ道楽を始めませんから、だいじょうぶですというはがきが来た。妻はそのはがきを自分のところへ持ってきて、重吉さんもずいぶんのんきね、まだ始めませんって、いまに始められたひにゃ、だいじょうぶでもなんでもないじゃありませんか、冗談じゃあるまいし、と少しおこったような語気をもらした。自分にも重吉の用いたこのまだという字がいかにもおかしく思われた。妻に、当人本気なのかなと言ったくらいである。

 妻が評したごとく、こういうふうに、いつまでも、紙鳶が木の枝に引っかかって中途から揚がっているようなありさまでおしてゆかれては間へはいった自分たちの責任としても、しまいには放っておかれなくなるのは明らかだから、今度の旅行を幸い、帰りにHへ寄って、いわゆる「あのこと」をもっとはっきりかたづけてきたらよかろうという妻の意見に従うことにきめて家を出た。