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それから 二の四

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それから 二の四

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夏目漱石

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 両人は酔つて、戸外へ出た。酒の勢で変な議論をしたものだから、肝心の一身上の話はまだ少しも発展せずにゐる。

「少し歩かないか」と代助が誘つた。平岡も口程忙がしくはないと見えて、生返事をしながら、一所に歩を運んで来た。通を曲つて横町へ出て、成る可く、話の為好い閑な場所を撰んで行くうちに、何時か緒口が付いて、思ふあたりへ談柄が落ちた。

 平岡の云ふ所によると、赴任の当時彼は事務見習のため、地方の経済状況取調のため、大分忙がしく働らいて見た。出来得るならば、学理的に実地の応用を研究しやうと思つた位であつたが、地位が夫程高くないので、已を得ず、自分の計画は計画として未来の試験用に頭の中に入れて置いた。尤も始めのうちは色々支店長に建策した事もあるが、支店長は冷然として、何時も取り合はなかつた。六かしい理窟抔を持ち出すと甚だ御機嫌が悪い。青二才に何が分るものかと云ふ様な風をする。其癖自分は実際何も分つて居ないらしい。平岡から見ると、其相手にしない所が、相手にするに足らないからではなくつて、寧ろ相手にするのが怖いからの様に思はれた。其所に平岡の癪はあつた。衝突しかけた事も一度や二度ではない。

 けれども、時日を経過するに従つて、肝癪が何時となく薄らいできて、次第に自分の頭が、周囲の空気と融和する様になつた。又成るべくは、融和する様に力めた。それにつれて、支店長の自分に対する態度も段々変つて来た。時々は向ふから相談をかける事さへある。すると学校を出たての平岡でないから、先方に解らない、且つ都合のわるいことは成るべく云はない様にして置く。

「無暗に御世辞を使つたり、胡麻を摺るのとは違ふが」と平岡はわざ/\断つた。代助は真面目な顔をして、「そりや無論さうだらう」と答へた。

 支店長は平岡の未来の事に就て、色々心配してくれた。近いうちに本店に帰る番に中つてゐるから、其時は一所に来給へ抔と冗談半分に約束迄した。其頃は事務にも慣れるし、信用も厚くなるし、交際も殖えるし、勉強をする暇が自然となくなつて、又勉強が却つて実務の妨をする様に感ぜられて来た。

 支店長が、自分に万事を打ち明ける如く、自分は自分の部下の関といふ男を信任して、色々と相談相手にして居つた。所が此男がある芸妓と関係つて、何時の間にか会計に穴を明けた。それが曝露したので、本人は無論解雇しなければならないが、ある事情からして、放つて置くと、支店長に迄多少の煩が及んで来さうだつたから、其所で自分が責を引いて辞職を申し出た。

 平岡の語る所は、ざつと斯うであるが、代助には彼が支店長から因果を含められて、所決を促がされた様にも聞えた。それは平岡の話しの末に「会社員なんてものは、上になればなる程旨い事が出来るものでね。実は関なんて、あれつ許の金を使ひ込んで、すぐ免職になるのは気の毒な位なものさ」といふ句があつたのから推したのである。

「ぢや支店長は一番旨い事をしてゐる訳だね」と代助が聞いた。

「或はそんなものかも知れない」と平岡は言葉を濁して仕舞つた。

「それで其男の使ひ込んだ金は何うした」

「千に足らない金だつたから、僕が出して置いた」

「よく有つたね。君も大分旨い事をしたと見える」

 平岡は苦い顔をして、ぢろりと代助を見た。

「旨い事をしたと仮定しても、皆使つて仕舞つてゐる。生活にさへ足りない位だ。其金は借りたんだよ」

「さうか」と代助は落ち付き払つて受けた。代助は何んな時でも平生の調子を失はない男である。さうして其調子には低く明らかなうちに一種の丸味が出てゐる。

「支店長から借りて埋めて置いた」

「何故支店長がぢかに其関とか何とか云ふ男に貸して遣らないのかな」

 平岡は何とも答へなかつた。代助も押しては聞かなかつた。二人は無言の儘しばらくの間並んで歩いて行つた。