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三四郎 四の十三
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夏目金之助
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所へ遠くから荷車の音が聞える。今、静かな横町を曲つて、此方へ近付いて来るのが地響でよく分る。三四郎は「来た」と云つた。美禰子は「早いのね」と云つた儘凝としてゐる。車の音の動くのが、白い雲の動くのに関係でもある様に耳を澄してゐる。車は落付いた秋の中を容赦なく近付いて来る。やがて門の前へ来て留つた。
三四郎は美禰子を捨てゝ二階を馳け降りた。三四郎が玄関へ出るのと、与次郎が門を這入るのとが同時同刻であつた。
「早いな」と与次郎が先づ声を掛けた。
「遅いな」と三四郎が応へた。美禰子とは反対である。
「遅いつて、荷物を一度に出したんだから仕方がない。それに僕一人だから。余は下女と車屋許でどうする事も出来ない」
「先生は」
「先生は学校」
二人が話を始めてゐるうちに、車屋が荷物を卸し始めた。下女も這入つて来た。台所の方を下女と車屋に頼んで、与次郎と三四郎は書物を西洋間へ入れる。書物が沢山ある。並べるのは一仕事だ。
「里見の御嬢さんは、まだ来てゐないか」
「来てゐる」
「何所に」
「二階にゐる」
「二階に何をしてゐる」
「何をしてゐるか、二階にゐる」
「冗談ぢやない」
与次郎は本を一冊持つた儘、廊下伝ひに階子段の下迄行つて、例の通りの声で、
「里見さん、里見さん。書物を片付るから、一寸手伝つて下さい」と云ふ。
「たゞ今参ります」
箒とハタキを持つて、美禰子は静かに降りて来た。
「何をして居たんです」と下から与次郎が焦き立てる様に聞く。
「二階の御掃除」と上から返事があつた。
降りるのを待ち兼ねて、与次郎は美禰子を西洋間の戸口の所へ連れて来た。車力の卸した書物が一杯積んである。三四郎が其中へ、向ふむきに跼がんで、しきりに何か読み始めてゐる。
「まあ大変ね。是をどうするの」と美禰子が云つた時、三四郎は跼がみながら振り返つた。にや/\笑つてゐる。
「大変も何もありやしない。これを室の中へ入れて、片付けるんです。今に先生も帰つて来て手伝ふ筈だから訳はない。――君、跼がんで本なんぞ読み出しちや困る。後で借りて行つて緩くり読むがいゝ」と与次郎が小言を云ふ。
美禰子と三四郎が戸口で本を揃へると、それを与次郎が受取つて室の中の書棚へ並べるといふ役割が出来た。
「さう乱暴に、出しちや困る。まだ此続きが一冊ある筈だ」と与次郎が青い平たい本を振り廻す。
「だつて無いんですもの」
「なに無い事があるものか」
「有つた、有つた」と三四郎が云ふ。
「どら、拝見」と美禰子が顔を寄せて来る。「ヒストリー、オフ、インテレクチユアル、デロツプメント。あら有つたのね」
「あら有つたも無いもんだ。早く御出しなさい」